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名誉ある命

仗助は突然、現実を突きつけられた。高校生になったばかりだが、目の前の男性は自分よりひとまわりも違うというのに自身の甥だと告げた。父親側の親族とは無縁な生活を送ってきたのに、なぜこのタイミングなのだろうか。寧ろこの先も関わることはないと思っていたというのに。しかし仗助を訪ねてきたのは承太郎だけではない。彼の背後には小柄な女性が顔を覗かせていたので、ふと視線が絡み合ってしまう。年齢は自分より年上には見えるが、承太郎よりは幼さがあった。その女性は仗助と目があったことで、前へ出て手を差し伸べた。目を細めて優しく笑む姿に、綺麗な大人の女性だと印象付く。それが全ての始まりだった。
親族ともなれば、生涯を通して関わりは増えていく。出会った日から仗助は何度か承太郎とやりとりしていたが、その度承太郎の隣には名前がいた。街中で偶然遭遇してもいつも明るく話しかけてくれるので、正直なところ承太郎よりも名前の方が親しみやすかった。それに怪我をすると常々気にかけてくれるような優しさが好きだった。
ある日、下校中に仗助は名前を偶然道端で見つける。名前は一人で買い物に出ていたようで、両手に持つ重そうな荷物を手伝おうとすると、申し訳ないと遠慮するので無理矢理彼女から荷物を奪った。

「こんな重たい荷物、よく持ってましたね」
「えへへ、ちょっと自分でも買いすぎちゃったって反省してる..」
「承太郎さんは一緒じゃあないんっスか?手伝ってくれそうなのに」
「いや、買い物ぐらいは一人でできるかなって。承太郎忙しそうだし..」

承太郎を気遣って一人で出てきたということか。どうせ名前の性格からすれば、近くで承太郎を見ているだけあって言い辛かったのかもしれない。承太郎なら文句も言わず手伝ってくれるはず。全ては彼女なりの優しさなのだと仗助は勝手に思い込んだ。
承太郎の隣ばかりにいたこともあり、名前とゆっくり会話する機会はあまりない。仗助は躊躇いもなく今まで気になっていた疑問を名前へぶつける。

「承太郎さんとはどんな関係で」
「んー、高校の同級生且つ旅仲間」
「旅ってどこへ..」
「話すと長いんだけど、いろいろあって飛行機でエジプトに向かおうとしたらスタンド使いに墜落させられて、今度は香港からエジプトまで船やら車やらで横断してたのよ。勿論あなたの父親も一緒にね」

頭の中で日本から香港、香港からエジプトまでのルートを想像すると、そのスケールの大きさに驚く仗助。スタンド使いに飛行機を墜落させられたと言っていたが、考えれば悍ましいことである。自分と億泰と康一でエジプトまで旅をしたらどうなるのか。それはそれで楽しそうだが、不安の方が大きい。なのに何ともないように気楽に話す名前を見て行動力があるのだと勝手に尊敬をしていた。

「名前さんって承太郎さんとは随分親しそうに見えたっていうか」
「え?承太郎?」
「二人は付き合ってるんっスか?」
「いや、違う違う。承太郎と働いてるところが一緒なだけ。その旅があったからこそ今、お互いがそういう仕事してるのかも」

てっきり付き合っているのかと、なんだか肩を落としてしまう仗助。あの仲の良さを知っていれば自然とそう見えてしまう。特に承太郎は口数は少ないとはいえ、身内や仲間に対しては優しいイメージがあった。それが尚更誤解を生んでしまったのかと色々と思考を巡らせるが、実際はこの最近二人とは出会ったばかりなので、こんな短期間では判断が難しいのだ。しかしやはり長年の付き合いからか互いの信頼度が高く、息が合っていると仗助からすればそういった印象であった。

「名前さんもスタンド使いなんですよね」
「うん、そうだよー」
「どんな能力なんですか」

承太郎のスタンドは知っていても名前のスタンドは見たことがない。何気なく会話が途切れないように質問しただけだった。

「私のは聞いてもたいしたことないよ」
「へー、なんか癒しっぽい感じするんですけどね」
「癒しかぁ。私もそういう力は喉から手が出るほど欲しかったなぁ」

困り眉で笑いながらそういう名前。もし自分のスタンドがそうだといえば、褒めてくれるのだろうか?そんな期待から仗助は自身のスタンドを明かした。

「実は俺のスタンドがそういうタイプなんっスよ」

仗助が照れくさそうに話す一方で名前の表情が凍る。いつも明るく笑顔で話すような人柄だというのに、見たことないほど冷ややかな瞳で仗助を見ていた。その姿を目にした仗助は、背中に嫌な汗をかいた。隣を歩いていた名前は買い物した袋を地面に落とし、何かが潰れたような音を生む。咄嗟に拾おうとした仗助の手をとって強く握りしめた。爪が食い込みそうなほど強く。

「それって人の傷を癒せるってこと」
「そ、そうだけど..」
「どんな傷も?!」
「壊れたものを修復する能力っつーか」

互いの鼻先がくっつきそうなほど距離をつめられて、思わず心臓がはねる。自分が好印象の女性に近寄られたら異性として意識してしまうところを、なぜか出来なかったのは普段の彼女ではなかったからだった。自分と視線が合っているはずなのに、どこを見ているのかと疑ってしまいそう。この奇妙な空気に耐えられずに何か話そうとすれば、刹那体から何かが抜けていくような違和感があった。彼女の雰囲気に気を取られて、それが一体なんだったかわからない。しかしその気不味い空気を破ってくれる人物が現れ、名前の腕を引く。

「おい、何をしている」

仗助を掴む名前の手を引き離したのは承太郎であった。自然に承太郎へ目を向けてしまえば、これもまた承太郎らしくはない表情に緊張感が増して二人の様子に固唾を飲んで見守る。承太郎は名前とは真逆で喜怒哀楽を表にするようなタイプではないというのに、見た感じは眉間を寄せ怒りを露わにして名前を掴んでいたが、どこか焦りを感じられる気がした。すると承太郎は名前の腕を掴みながら仗助へと視線を向ける。

「仗助、こいつに何かされたか」
「いえ、何にも」
「違和感があったら、すぐに相談してくれ」

別に殴られたわけでもなければ、罵倒されたわけでもない。特に自分に変化はないので素直にそう答えたが、その何かされたというのはどういう意味なのか。
肝心な名前は承太郎を見ることもなく、仗助に背を向けて俯いている。明らかに様子がおかしいことは一目瞭然であった。承太郎は仗助から荷物を受け取り、名前の分も合わせて片手で持ち歩く。空いた右手は名前を掴んだまま、無理に連れて帰った。少し乱暴なように見えたが、そんなことは言えない。二人は高校からの仲だと言っていたが、自分の知らない過去で何かが起こったことは違いなかった。



「え?買い物?別にいいけど今どこに...カメユーの近く?わかった、すぐに向かう」

次の日、ジョセフから買い物に付き合って欲しいと連絡があり、それもまた今すぐに来れないかと言う。特にその日は用もなかったので母親には友達と遊んでくると告げて、直ぐに家から出ることができた。とりあえずはデパートの前で待ち合わせの約束をした。見慣れた帽子と服装を見つけて駆け寄り、早速二人でデパートへと足を踏み入れる。広い店内だが、若さと慣れがあってか、簡単に商品を見つける仗助。店を一通りまわりある程度見つけると、ジョセフが会計を済ませたいというので、仗助が商品を抱えレジまで向かう。ジョセフが財布を取り出している間に仗助は品を袋に詰め終えた。

「すまんの、オムツがなくなったことに気づかなくて急に付き合わせてすまなかった」
「別にこのくらい、いいって。気にすんなよ」

もらったレシートを財布にしまおうとするジョセフだったが、レシートで人差し指を切ってしまったのか小さく声を漏らした。その指から赤い液体が流れるのを思わず二人で見つめてしまう。

「何やってんだよ、全く。ほら手貸せ。俺のクレイジーダイヤモンドで治してやっからよ」

仗助のスタンド能力を知っていれば、誰しもが自分の傷が治癒できると安心してしまう。こんな小さな傷くらいだなんて普段なら放っておくが、長年離れていたばかりに大きくあいてしまった溝を埋めるべく関わりを持とうという気持ちから手を差し出した。仗助はジョセフの手に触れると、いつも通りスタンドの力を使って治癒を試みる。しかしすぐに治るはずの怪我がなかなか治らず、ジョセフは仗助の様子を伺うと、先程おちゃらけていた姿から一変し焦っている様子であった。

「あれ、なんで」
「どうした仗助」
「そんなわけないのに」
「だからどうしたんじゃ」
「なんっつーか..スタンドが使えねえ」

何度スタンドを出そうとしても使えない。いつだって誰かの怪我を簡単に治してきたというのに。更には背後にいるはずのクレイジーダイヤモンドが姿を見せない。ジョセフは一度眼鏡を外して、目を擦ってもその瞳に仗助のスタンドが映ることはなかった。

「スタンドが見えないのォ」
「何が起こってんだよッ」
「何かスタンド攻撃を受けたとか。心当たりはあるか」

ジョセフのその一言で仗助は一旦思い当たる節を探す。原因を考えるよりも力を使う事ばかりに気を取られていた。一旦冷静になろうと自信を落ち着かせるが、取り乱しすぎたせいか普段より頭が回らない。ここ最近何か不自然だったこと?なにか、あったような。

「あ、そういえば何か身体に異変があったら承太郎さんが教えて欲しいって」
「承太郎..?」
「その時名前さんと一緒にいたんだけど、承太郎さんらしくなかったっていうか」

仗助の言葉に目を丸くするジョセフ。あーでもないこーでもないとぶつぶつ呟く仗助に対して、心がざわつく。この胸騒ぎが勘違いであってほしいとは思うが、承太郎が関わっているとすれば、何かしらのスタンド攻撃を誰かに受けたのだろう。そんなことができるといえば心当たりは一人しかいない。ジョセフは一刻も早く承太郎に電話をするようにと伝えると、仗助は近くにあった公衆電話を使ってかける。ホテルにいてくれればいいと祈りながら電話を2、3コールしたところで繋がった。

「承太郎さん!仗助っス」
「あぁ、どうした」
「以前、違和感を感じたら連絡くれって言ってたじゃあないっスか。..俺、どうやらスタンドが使えないみたいで」

その後、自身に起きた事柄を承太郎に伝えるが、電波が悪いのかどうか疑ってしまうほど返事がない。通話が切れた様な音が鳴っているわけでもない。それともずっと黙り込んでいるだけなのか?承太郎さん、そうもう一度呼びかけた。

「すまない..、今どこにいる」
「カメユーの近くですけど」
「すぐにそちらへ向かう。少し待っていてくれ」

途切れた通話。受話器を戻して、一旦はジョセフの元へと戻る。承太郎が駆けつけるまでここから離れなれない為、先に帰ってもらってもらおうとジョセフに伝えようとした。

「どうだった」
「承太郎さんが来てくれるからここで待ち合わせになった」
「そうか、なら一緒に待つとするかの」
「先に帰っても..」
「名前、承太郎と一緒にいたと言っていたな」
「偶々、道端で出会ったから荷物手伝ってただけで」
「名前に触れられたりしたのか?」
「名前さん?なんで?..まー、たしかに手を..」

ジョセフは仗助には聞こえないように小さなため息をつく。その先は何か助言をするわけでもなく、考え込むように黙ってしまった。仗助は承太郎やジョセフが、自分だけに何かを隠していることは理解できた。彼等の関係を旅の仲間だと表していたが、そこには何があったのだろうか。このまま自分がスタンドを一生使えなくなったらどうしようかとそんな不安が自分の心を弱くさせる。仗助は自分が知らないうちに泥沼へハマって抜け出せなくなっていくようなそんな感覚だった。


暫くしてデパートの出入り口付近に一台のタクシーが停車する。車の窓から承太郎の姿が見えたので、近くに駆け寄ると承太郎はタクシーから降りて仗助とジョセフの前に立った。生ぬるい風がお互いの間を通り、この妙な雰囲に息苦しさを覚える。

「スタンドが使えないというのは本当か」
「何度も試して見てるんっスけど..」
「承太郎、仗助くんの言う通りじゃよ。彼はわしの怪我を治そうとしてくれた時に、異変に気付いたんじゃ」

あぁ、またこの顔だ。怒りが混じったバツが悪そうなこの表情は、仗助から名前を引き離した時の顔を彷彿させる。

「すまない。俺があの時、無理矢理でもあいつのスタンドを..」
「何で承太郎さんが謝るんっスか?スタンド攻撃ならその相手を見つけ出せば良いだけで」
「その相手が今朝、姿を眩ませたんだ」
「その相手ならわしがここへ向かう途中、タクシーに乗って駅の方向へ向かっていく姿は見たけどのォ」
「.....!その情報があれば十分助かるぜ」

その相手?っていう言い方はなんだ。仗助は一人、不安ばかりが募る。とてつもなく、嫌な気持ちだ。

「お前のスタンドは必ず取り返す」
「待ってくださいよ、犯人は一体..」
「....仗助」
「その言い方はまるで名前さんが犯人みたいじゃあないですか」
「そうだ、あいつの力は人のスタンドを奪うことだ。クレイジーダイヤモンドは名前のそのスタンド能力で奪われたんだ」

容赦ない現実が仗助の心に衝撃を与える。その瞬間、雷が自身を貫くようなピリピリとした痛みが広がった。なぜ、どうして。その言葉が頭の中でただぐるぐると回っているだけで答えなど出てきやしない。そんなことは薄らわかっていたが、どことなく認めたくない自分が理解を遅らせる。だって、自分の味方についてくれた人がなんだって突然、そんな、裏切るような真似を――。
時間がないとこの場をいち早く離れた承太郎。仗助は自分のスタンドのことなので、無関心に放棄することは出来なかった。スタンドを使えない人生など考えたこともなかった。返して欲しい?いや勿論だというのに、様々な感情が整理できず自分がどうしたいのかわからない。承太郎が手配してくれたタクシーで、一先ずは駅前へ向かう。助手席に承太郎が乗ったことで、後ろの席は仗助とジョセフが座った。見落とさないように三人は窓の外で名前の姿を探していたが、先程からすっかり大人しくなってしまった仗助にジョセフは気づいていた。

「どうして名前さんが..」
「今まで仲間のスタンドを奪うような真似はしなかったからのォ。承太郎は心当たりがあるか?」

外を見渡しながら承太郎は躊躇いもなく心当たりを告げる。ミラー越しにうつる承太郎を仗助はただ意味もなく見つめていた。

「多分、花京院やアヴドゥル、イギーの死が原因だろうな。何を考えてるかは知らねーが」
「まだ責任を感じておるのか」
「表に出さないだけでな。自分のせいだと思い込んでやがる。だからとは言え、許されることじゃあない」
「昔から素直で、自分の意思を曲げない子だったからなぁ」
「鬱陶しいくらいにな」
「それも彼女の良さじゃろ?承太郎、お前が一番理解してるはず」

承太郎が仗助の視線に気づき、鏡越しで見つめ返すと慌てて目を逸らす。今に始まった事ではないが、承太郎の無意識な鋭い視線に、怖気付いてしまった。普段はそんな顔は敵だけにしか向けないというのに。
会話には仗助が知らない名前がいくつか出てきたが、想像で理解することしかできない。承太郎が名前一番の理解者だとジョセフがいうのなら、それが事実なんだろう。大きくため息をついて、再び睨むように窓の外を見つめている承太郎。取り乱していたのは自分だけではない、やはり承太郎もあれからずっと承太郎らしくはないのだ。そんな事をするようなタイプではなかったから、きっと誰もが信じたくなくて混乱してる。今は、スタンドを返してもらうことを最優先だと漸く自身に言い聞かせ、切り替えようとした。しかし一方で承太郎が前で運転手に車を停めて欲しいと頼む。そのあとは何も言わず、慌ただしく扉を開けて走り出した。その様子にまさかと思ったが、ジョセフを置いていくことは出来ず、仗助は後から追う羽目になった。

「承太郎さん、なんかピリピリしてるっつーか。普段どんなことが起きてもあんな風にはならないのに」
「昔は可愛げがない不良だったからのォ。その名残かもしれん。しかし承太郎にだって一つや二つ、弱みはあるもんじゃ」
「無敵の承太郎さんってイメージしかないけど..」
「承太郎は身内や仲間にはなんだかんだ甘い。その中でも彼女は特別じゃ」
「それってやっぱ...」

豆粒のように遠くまで行ってしまった承太郎が次第にタクシーへ戻ってくる。一人ではなく二人で。スタンドに捕まっていた名前。その腕は抵抗ができないようにスタープラチナによって拘束されていた。目の前で起きているというのに、なぜだかテレビや映画を見ているような感覚になる。それならどんなによかっただろうか。これは現実だ、いやな現実ばかり自分に向けられる。本人を目にしてもやはり彼女はやってないと思いたかった。

「仗助にスタンドを返せ」
「嫌よ」

緊張感が増した空気。承太郎が彼女身勝手な振る舞いに憤慨していた。見ていられない、止めに入りたいがそんなことが出来るわけもなかった。自分のために承太郎は協力してくれているのだ。そんな承太郎に折れない名前の腕を捻ると悲鳴を上げた。敵とやりあうような互いの姿勢に、この二人は友人なのかと疑うほどである。しかし一筋縄ではいかなそうな雰囲気に、どうしてそこまで自分のスタンドにこだわるのかわからなかった。仗助のスタンドがあれば壊れたものなど簡単に直せる。何か破損してしまったのか?確かに使い勝手がいいスタンドだが、壊物や傷ならば自分が直したというのに。

「いい加減にしろ」
「承太郎はこの力のすごさをわかってないだけよ!」
「仗助を傷つけてまで得るものなのか」
「それはッ」
「テメーにしちゃあ、中途半端な覚悟だな」

図星を突かれたのか、次第に彼女の目に涙が溜まりポロポロと流れていく。いつも明るく振る舞っていた名前が泣くとは思わず、仗助は女性の涙に弱い自分が嫌になった。自分の件だとはわかっているが出る幕ではないと思い、ジョセフと共に黙ってしまう。この二人にはやはり何か特別なものがある。

「だってこの力があれば、花京院にあいたあの大きな穴だって治せたわ」
「おめでたい頭だな。アヴドゥルやイギーもあの世から連れてくるつもりか」
「もう戻ってこないことくらいわかってる!こんな常に危険に晒されていたら、そのうち承太郎だって死ぬかもしれない!誰かを救えるのなら返すつもりなんてないわ!」
「盗んだ力で治癒されたって嬉しくはない。死んだ方がマシだ」

承太郎の言葉一つ一つはやけに冷たく感じられる。嫌悪と怒りが混じったような態度にその冷たい眼差し、思わず名前も一瞬言葉を失った。どこかで相手の為だと思ってやったことも、実際に全てを否定されることは承知だった。ならどこへ向かえば正解だったのか、判断ができない。こんなに感覚が鈍ってしまった自分は今後どうなりたいのかも名前自身、実の所曖昧であった。

「さっさと杜王町から逃げればよかっただろ」
「逃げてたじゃない」
「仗助から奪ったのは昨日の話だ。あの時すぐに消えれば自分のものにできたはずだ」
「....それは」
「自分がやったことが間違ってるってことくらいわかってたはずだ。だから中途半端な覚悟だって言ってんだ。そんな気持ちじゃ何もうまくいかねえ。さっさと仗助に返すんだな」
「...嫌」
「ここにいるジジイやポルナレフだってあいつらには死んでほしくなかったと思ってる。名前は目の前で花京院が死ぬ様をみたから衝撃が強かったかもしれない。だがな、お前の行動は死んだあいつらの魂を侮辱して、更には仗助まで傷つけた。とんだ落ちこぼれになったもんだ」

あまり口数が多くはない承太郎が今日はよく話す。慰めたり、寄り添ったりするわけでもなくただ名前を否定する言い方だった。その言葉に名前も「わかってる」と小さく言葉にしてポロポロと雫をこぼしていった。迷っていた部分が大きく心で揺らいだのだ。
仗助はタクシーの中で聞いた名前がまた出てきたことが気になっていた。きっとエジプトに向かった時の仲間だったことは、話の展開から直感した。仲間が死ぬ、自分で言えば億泰や康一が目の前で死んでしまうことを一瞬でも考えたがすぐにやめる。トラウマなんてもんじゃあないと、考えた自分を嫌いになりそうなほどであった。名前がこの能力が喉から手が出るほど欲しいと言っていたことを思い出す。そりゃそうだ、大事なものを失えば何がなんでも取り戻したいと願う。その想いが人一倍強かったのだ。
青ざめた仗助は視線を地面に落としていた。夕陽で影が延びていたところ、誰かの影と重なった。そして自分の目の前に誰かが近寄ったのと同時に、仗助の肩に手が触れた。体がドクンと脈を打つように大きく心臓が跳ね、異変が起こる。この味わったこともない変化に鳥肌がたった。瞬間のことだったので、咄嗟に顔を上げると先程より涙をボロボロと溢す名前の姿がそこにはあった。

「仗助くん、ごめんなさい」
「....名前さん」
「本当、にごめん、なさぃ」

名前は謝ることによって改めて自分の犯した罪と向き合うと、たまらなくこの場から消えたくなった。しかし無闇に投げ出し逃げることが許される年齢でも無い。深々と頭を下げる名前に三人の視線が集まった。
仗助は自分の力を使えるか試しにスタンドを出すと、いつものようにクレイジーダイヤモンドが現れた。どうやら彼女の力で仗助にスタンドを返してくれたようだった。

「頭上げてくださいよ」
「ご、ごめんなさ」
「俺だって目の前で大事な人が死んだら冷静にはなれないし」
「仗助くん..」
「でも今度はちゃんと俺に相談してください。名前さんの大事な人が怪我したら駆けつけるんで気軽に言って貰えれば協力するっスよ」

どちらが大人かわからないような発言だが、仗助の優しさに名前は更に涙が止まらなくなる。両手で自身の顔を覆い、声を上げて泣き出した。これほどまでに一人、過去と苦しんでいたのだとジョセフや承太郎は現状を捉える。仗助は普段の彼女らしい姿を見て、元に戻ったのかと何処かで安堵した。下手に寄り添わず、承太郎の棘だらけの言葉がきいたのか、名前はもう二度としないと仗助に誓い、今後態度を改めようと決意した。その二人の姿に承太郎は帽子の鍔を下げ、ジョセフは優しくその様子を見守っていたのだった。



それから数日が経ち、名前は反省した態度を見せていたが承太郎は何か吹っ切れたような名前の態度に気づいていた。長年彼女にまとわりついていた負の足枷が取れたように、時折見せる辛く悲しい姿を見せなくなっていた。承太郎は名前が思い悩んでいたことを言わずとも知っていたので、だからこそ彼女が何か誤った行動をしないように常に監視していた。なんせスタンド能力が使い方によっては危険なものだったからだ。それは名前だけとは限らないが、いつも近くにいるようで遠くに感じられる危うさが彼女にはあったのだ。高校から今までずっと、よく付き合ってられたと振り返るが承太郎もまた無意識の行動だった。
部屋の中でドリップコーヒーに沸いたお湯を注ぐ。三人分用意していたが、一つは棚へカップを戻した。その間に部屋中、苦味のある匂いがあっという間に広がった。
全てにおいてやっと肩の荷が降りた、そんな気持ちになったのも束の間だった。名前は今日も外へ出かけるそうだ。昨日もその前もその前の前もでかけていた。承太郎はこの杜王町へ来てからは、常々名前と行動を共にしていた。確かに出かけたい時に出かけることもできたが、名前がそれをせず買い物以外はホテルばかりにこもっていたのだ。その変化も喜ぶべきものだというのに、他の気持ちが遮ってしまう自分が嫌になる。更にはよく電話をするようにもなった。全ては予想していたより遥かにいい方向に向かっていた。これでいい、これでよかったのだと思いたい。思いたいが、度がすぎていた。毎日というのはどうかと思う、それはまるでそこらへんのカップルがするようなことみたいだ。

「じゃあね、承太郎にジョセフさん!仗助くんと遊んでくるね!」

そう言って支度を終わらせ、部屋から出て行こうとする名前。彼女曰く、あれから街中で仗助と億泰と偶然出会いあの二人の雰囲気に流されてここ最近は仲良くなったらしいが、仲良くなりすぎたせいか毎日のようにつるんでいる。飽きることなく夜も電話しているのだ。行くな、というのも高校生相手に大人気ない。明るくなったんだからいいんじゃあないかとも思いたい。しかしこの日は生憎ジョセフが承太郎の部屋を訪れていた。清々しい笑顔で部屋をさった名前がドアを閉める音がした。ジョセフは姿が見えなくなると目の前に置いてあるコーヒーカップへ手を伸ばし、口にする。ほろ苦い独特のコーヒーを味わいながら承太郎を見ていた。

「二人が仲良くなってよかったの。てっきり気まずくなるんじゃあないかとヒヤヒヤしておったが」
「あぁ」
「なんじゃ、それにしちゃあ嬉しくなさそうじゃあないか」
「.....」
「顔に出てるんじゃよ」

ジョセフはわざと承太郎が嫌がるような話をし、してやったと厭らしく笑う。そんなジョセフに目を向けず慌てることなく冷静に言葉を返した。

「じじいと違って一途だからな」
「わ!わしだって...!いや、なんだか言えば言うほど取り返しのつかないことになりそうじゃ。あ、でも仗助は年上の女性が好きだと前言っておったぞ?」
「だからどうした」
「二人が仲良くなってから聞いたから、てっきりわしは名前のことだと思ったんじゃが...まー、迂闊に過ごしてられんのォ」

ジョセフは自分がからかわれたことで、何かやり返そうと思いついたことを口にする。すると承太郎は頬を引き攣らせ、予想していた以上の反応を返した。それがドンピシャだったと察したジョセフは、笑いを堪えようと承太郎から視線を逸らし、知らない顔をして窓の外を見ているとすぐにドアが閉まる音がした。

「若いのォ。花京院やアヴドゥル、イギーが見ていたら笑われるぞ」

視線を前へ戻すと、承太郎の姿が部屋からいなくなっていた。やはり先程の音はそういう意味だったかと一人納得し、再びコーヒーに手をかけるのだった。

20210202