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露伴に愛される

昼ご飯を食べ終えて、部屋でのんびりしていた頃だった。インターフォンが鳴り響く。生憎、両親は海外へ出張中で、この家にいるのは一人だけだ。自身の部屋で寛ぎ友達と連絡を取り合っていたのだが、仕方ないと重い体を起こして玄関へと向かった。寝巻きのすっぴんというやる気のない格好で扉を開けると、そこには岸辺露伴と名乗る男性がいる。身なりもお洒落で、かっこいいじゃないの。私はすぐさま自分の身なりを恥じた。今すぐにでも着替えて化粧をしたくて落ち着かないのだ。

「隣に引っ越してきたんで挨拶をと思ったんだが..ご両親は」
「今、海外出張で..」
「なら、日を改めてまたくる」
「あ、まって、名前は!」
「岸辺露伴だ」
「...露伴ちゃん、ね」

馴れ馴れしさは自分の中でお得意分野だった。初対面だというのに私が呼んだ名前に驚き、まあいいなんて言いつつも帰ってしまった。
自分好みの容姿だった。隣人がかっこいい、なんて思ってもみなかったわけだ。予想外な展開ほど意外にハマりやすかったりする。さっき露伴ちゃんと呼んで驚いていた顔も可愛かった。彼を思い出すと自然に脈が早くなっていき、体に熱を帯びる。この気持ちを私は知っている。彼はどんな人だろうか、何が好きなのだろうか。もっと彼が知りたい一心である。この引越しの挨拶が、私と彼の始まりだった。



ふとあの頃のことをぼんやりと思い出していた。何も知らなかった頃が一番幸せだったなあ、なんて。携帯をいじるのにももう飽きた私は同じ部屋にいる彼へと話しかける。

「ねーどこかに出かけようよ」
「友達がいるだろ」
「ここに来て友達と遊ぶーなんて展開ある?」
「僕は気にしない。寧ろその方が仕事が捗って助かるんだがな」

こちらに背を向けて熱心に原稿と向き合う彼が自分の発言になんて返すかくらいはわかっていた。だからめげずに誘い続ける。

「アイス食べたい」
「一人で買いに行け」
「女の子一人でコンビニ行けっていうの」
「あぁ」
「一生独身な姿が想像できる...」
「何を言っているんだ?まだ外は明るいだろ。...それに独身の何が悪いんだ。責任を持つ人生よりも一人でいた方が身軽に決まっている。男からしたら結婚しない方が楽なんだ」
「そんなんだから少子化が進むんだって」
「じゃあ沢山子作りして社会に貢献するんだな」
「ちょーセクハラ。ありえない」

いつも彼に何度もどこかに行こうと呼びかけても全く賛同してもらえない。彼がネタ作りになると考えれば、一緒に出かけてくれることもあるが。それでも私は彼と一緒にいたいから帰れと言われてもこの部屋を離れることはない。そもそも彼と仲良くなるきっかけも私が積極的にウザ絡みていたからである。なんだかんだ苦労してこの関係まで辿り着きわかったことといえば、私は彼が好きでも彼は私以外の人が好きだということだった。それは彼自身に好きな人がいるかと聞いた時に君には関係ないと言われたのだが、関わっているうちに忘れられない人がいると知った。自分の心を思いっきりバットで滅多打ちにされたように、酷くショックを受けたことを覚えている。だからいつも考える。出会った頃のようになにも知らなかったら、こんなに苦しむこともなかったのだと。彼の好きな人がどんな人なのか、彼は全く教えてくれなかった。この人に女っ気はない。編集部の人なのかと探りを入れたこともあるが、全然違った。寧ろ担当者は気付いたら変わっているほどに見ているこっちが不憫だと悲しくなるほどだ。
それでもめげずにお得意のウザ絡みで彼が何かを吐き出すまで、毎日毎日聞くと彼は「もうこの世にはいない。二度とこの件には触れるな」と私を睨みつけながら言った。死んでる、そう理解したときには物凄く嬉しかった。だってもうこの世にいないものなら、私の方が断然有利じゃないかと考えたからだった。でもよくよく考えてみれば、この世にいない寂しさや未練が彼を留まらせているわけだ。それを簡単に切り替えさせられるほど安易な気持ちならば、彼がここまで引き摺ることはない。
そういえば彼がこの家に引っ越してから暫くたって、親しみを込めるために露伴ちゃんと呼んだことがあった。それを彼は酷く嫌った。彼女の存在を探ったときに睨み付けられたあの感じと似ている。きっと彼女は彼のことを露伴ちゃんと呼んでいたに違いない。女の勘というのは、なぜか怖いくらいにあたるものだ。
私がどんなに彼をデートに誘っても彼が応じることはないだろう。彼の中にいる彼女はどうやったら消えてくれるのだろうかとずっとずっと考えていた。

それから数週間が立ち、彼に友人ができた。驚くのはこれだけではない。相手はなんと同じクラスの康一くんだったのだ。対して私はその康一くんと一言二言会話したことはあるが、それほど仲良くはない。だが彼の友達となれば、その距離もみるみるうちに縮んでいった。それから康一くんと彼と私で何度か三人で会う機会があった。彼は康一くんをとても尊敬し、心を許していた。正直、岸辺露伴という人物はトゲがあるというか私みたいに勢いでウザ絡みをし、周りと仲良くなっていくタイプではない。ちゃんと人柄を選んでいるのだ。私が康一くんならよかった。あぁ、そもそも彼の好きな人になれたらどんなによかったかと思うと自信を無くす。せめて、彼女の姿を一目でも見れたらいいのに。そんな康一くんは彼のことを何か知っているのかと考えて、学校で聞いてみることにした。

「露伴先生の女友達...?」
「何でもいいの!死んじゃったって言ってたけど何か聞いたことない?」
「死んでるってそれ杉本鈴美さんのことなんじゃ...」
「杉本鈴美...?写真か何かないの?」
「写真?うーん..あるとは思うけど」
「見せて!お願い!!」
「そんなもの見せてどうするっていうのさ」
「こういう話、聞いても教えてくれないんだよね。ちょっとみてみたいなあっていうたったそれだけの興味だよ。面倒なら今日の帰り、広瀬家に行くから!」

少しずつ手掛りが増えていく、まさに謎解きをしているような感覚だった。傷つくとわかっていても、止められない。そんな自分が愚かだということもわかっていた。案の定この日は全く授業には集中できず、彼が好きになった女性はどんな人物なのだろうかと、ずっとそれだけを考えていた。彼は可愛い系っていう感じはしない。きっと、綺麗な女性なんだろうと想像を広げていた。
そして学校が終わり、いよいよお楽しみな時間が迫ってきた。気になって仕方ない自分は多少康一くんが家に帰ることを急かしてしまったかもしれないが、今日だけは大目に見て欲しい。さっそく康一くんの家に着いた途端に、彼女の写真を見せてもらうこととなった。いざ目の前にすれば、時が止まったように動けなくなってしまう。康一くんの前で必死に平然な態度をとっていても、今にも心がガラスのように繊細でいつでも砕け散ってしまいそうであった。

「美人...そりゃ好きになるわ..」
「性格もはっきりして露伴先生の扱いにも慣れてるっていうか」
「仲がいい、のね」
「古くからの付き合いってやつだと思うよ。あの頃の露伴先生は今みたいに尖ってなかったんじゃあないかな」
「そうなんだ..私もそうだったらよかったのになあ」
「そうだったらって僕は名前さんが鈴美さんと似てると思うよ。露伴先生は気を許しているから一緒にいる訳だし」
「似てる?そんな馬鹿な..」
「露伴先生にやっていける女の子は、つっかかっていける様なタイプじゃないと僕は無理だと思うんだけどな。ほら、あの性格だからいちいち気にしているようじゃ気が滅入っちゃうしね」
「.....そういえばなんで康一くんはその杉本さんっていう女の人を知ってるの?この人が死んだのって..」
「そ、それは!その...あれだよ!露伴先生がそう物真似してたっていうかッ!」

似ているってなんだろうか。私は彼女のことを知らない。知っていることといえば名前とこの写真で見た容姿だけだ。早い話、直接本人から話を聞いた方が康一くんのように理解できるだろう。私は康一くんより前から彼の存在を知っていたというのに、どこか寂しいというか悲しかった。男同士だから?いや違う、きっと時間なんて関係ない。彼が康一くんに対し、本当に心を許しているからだ。写真を返す前に見つからない様に自分の携帯で写真を撮り残しておいた。この人の容姿を意識して真似すれば、彼が振り向いてくれそうな気がして。
広瀬家をでると、我慢していた感情が一気に溢れる。この歳で帰り道に泣くなんて思わなかった。恋をするってこんなに心苦しいなんて知らなかった。杉本鈴美さんがブスで性格が悪かったらよかったのに。あぁ、それは自分のことだ。私はこうやって彼女を妬んでいるから性格が言い訳がないし、顔も彼女に比べれば下の下だ。何も知らない方が幸せだったというのに、なぜ自分は茨の道を素足で歩いて行こうとするのだろうか。美人だった。思っていた通り、彼にお似合いなタイプだった。もう自身が叶わないと諦めてしまっている。彼女の様になれたらいいのに、でもなる術はない。

足に重い鎖で繋がれているかのように、一歩一歩が進み辛い。余程彼女の印象が濃かったのだとわかる。どうやって家の近くまで帰ってきたか、あんまり記憶にはない。これはある意味、失恋してしまった気分だ。あと少し何か衝撃を与えてしまったら自分は自分でいられなくなってしまうほど、すっかり心が弱っている。時間が経てば少しずつ傷は癒えていくかもしれないが、家の隣にある豪邸を見ているとなんだかため息をつかずにはいられなかった。あぁ、彼がここに引っ越してきたときにどれだけ戻りたいか。あの時は何も知らずにただ彼が好きで幸せだったのに。出会い方を間違えたのかな、なんて後悔している。

「何をそんな大きなため息をついているんだ」

ふと聞こえた声は、聞き慣れたものであった。顔を上げて声がする方を探すと、彼の家の玄関付近に立っている人物を見つけた。鍵を閉めてこちらへ歩いてくる。この様子だとこれから何処かへでかけるのだろう。

「なにもないよ。それより今から出かけるの?」
「打ち合わせをしにいくだけだ」
「そうなんだ、がんばってね」

一瞬、ため息をついたことにより私の心配をしてくれているんじゃないかと思った。なぜだろうか、私をみて欲しいという願望が湧き出す。自分ってこんなに面倒くさい女だったのだろうか。でも今日は彼が自分に期待をさせてくれるような一言があれば、まだ辛うじて立ち直れるような気がしたんだ。

「露伴ちゃん..」

今日くらいは引っ越した時のように何も言わないで欲しい。そんなことは無謀だとわかっていたのに。

「その呼び方をするな」
「なんで」
「...」
「杉本鈴美さんを思い出すから?」
「どこでそれを知ったんだ」
「特別だったんだね」
「君には関係のないことだろ」

関係のない、ってなんだ。やはり彼女と彼の間に他人が割り込むなということだろうか。これ以上はやめた方がいい、自分が壊れてしまう。でも探究心のようなものがとめられない。

「私じゃあだめ?」
「何をいきなり言うと思ったら、これ以上僕をがっかりさせないでくれ」
「嘘でもいいから、私でいいって言ってよ」

その言葉の後に彼が何かを返してくることはなかった。そのまま自分とすれ違うように、私が歩いてきた道を歩いていく。嘘でも言いたくないほど、彼は彼女に忠実だということか。その事実を突きつけられ、この世の終わりかと思うほど絶望してしまう。私は彼女に勝てる術などないということだ。
目の前に家があるというのに帰る気になれず、適当なカフェに一人黄昏れる。全然気持ちが切り替えられないのだ。酷く沈んだ気分をどうにか紛らわしたいと考えていても、自分の頭から彼の姿が消えてくれることはなかった。頼んだジュースも飲み終えてしまった。もう少し時間が経つ前に家に帰らなければ、暗くなってしまう。そんなことをぼんやりと考えていると何気ないことだったがふと隣の会話が耳に入った。

「じゃあ私は芸能人と結婚するメイクにしようかしら」
「あたしはもう既に彼と付き合ってるから、次はプロポーズさせるメイクにするわ」

私より少し上、社会人っぽい人たちがそう話していた。心底くだらない。そんな簡単に美人になれるものならば、この世の中で苦労なんてしないはずだ。聞いていれば苛立ちが増すばかりで店を出ようとしたときだった。

「あのお店にいかなかったら今頃彼とは付き合ってないわ」
「私もそう思う。だってあんたもそうじゃない」
「あたしだけじゃないわ、みんなあのお店にいって彼氏作ったくせに!」

耳を疑った。一人だけじゃない。四人ほどの女性グループだったが、その四人が恋を叶えたというのだ。ふと彼の姿が頭に過ぎる。少しでも可能性があるのならかけたいと願ってしまう。くだらないと思っていたはずなのに、希望へと変わっていった。知らない人達だというのに、私は住所やお店の名前を聞く。そしてすぐにカフェを飛び出して、例のお店に向かうのだった。随分とこの街に住んでいたが、こんな店あったなんて知らない。私は躊躇うことなくその店を目指す。そう遠くはないお店は走っていけば、すぐに到着するのだった。先程カフェにいた女性グループの話と店の名前を確認する。間違いない、ここが例の「シンデレラ」だ。待ってなんかいられないとばかりに乱暴にドアを開けてしまう。
幸いなことに、私と入れ違いで客が帰っていく。相手のペースも考えずに刹那、自分の携帯を取り出しては先ほど撮った写真を店員に見せた。

「私をこの女の人みたいにしてほしいのッ!!!」

そこにいた店員だろうか、綺麗な女性は突然入ってきた私に何か言うわけでもなく、冷静に個人情報の記載を求めてメニューを見せてくるだけだった。そして再び私の携帯へ目を向ける。

「まあ綺麗な女性なこと。...そうね、例えばここの目のパーツを..」
「全部変えてもらうことは可能ですか?」
「...」
「私、彼女の様になりたいんです。彼女じゃなきゃだめなんです」
「なぜそこまで顔を変えたいのかしら」
「好きな人が振り向いてくれなくて..」

一刻も彼女のようになりたかった私は相手のペースに苛立ってしまう。相手も少しばかり眉を顰めたような表情をしていたが、この時の自分は気にする余裕もなかった。

「この写真に写る彼女になれたら、その相手が振り向いてくれるっていうのかしら。それなら自分全てを変えなくっても他にも手段はあるわ」
「それじゃあ駄目なんです!」
「あら、それはどうして?」
「私じゃ自信がもてない、でもその人みたいになればお互いが苦しまなくていいんです」
「そんなものは本当の愛じゃないわ」
「でも私自身ならその可能性すらないって今日わかったんです。だから..もうこれしかないの..お願い..」

今でも思い出すと涙が溢れてくる。必死に耐えようとしても、感情的になってしまうとコントロールなんて不可能だった。次第に視界が歪んで、涙が地面へと落ちていく。情けない、初めて行くお店で泣いてしまうだなんて。

「あなたがそう望むのなら、いいわ」
「......」
「それで気が済むのなら」
「..ありがとうございます」

あまり乗り気ではないような返事に、賛同してもらえないかと思っていた。彼女は何を察したのだろうかわからないが、私を杉本鈴美さんのようにしてくれるという。見る限り自分が今からすることは、メニューには載っていない。謂わば整形の様なものだった。それでもいい。私が可愛くなる努力をしたって彼は見てくれない。ならば本人になるしかない、まさに夢の様な話だと思っていた。目を閉じる様に言われ、何が起こっているかはわからなかった。暫くして合図があり、私は目を開ける。差し出された鏡を見ると、自分が写真でしか見たことのない彼女へと変わっていた。なんて魔法のような出来事だろうか。痛みがあるわけでもない、後遺症が残っているわけでもない!!感動して呆気にとられていると彼女は私に定期的にここへくることと、リップを30分事に塗る様にと言った。
この姿で彼に会ったらどう思うのだろうか。私のことを好きになってくれるのだろうか。私は杉本鈴美さんの性格や特徴を全く知らないので、本人ではないとすぐにバレそうだ。どうしたらいいのだろうか、仕方ない。一か八かで適当に振る舞ってみるしかないのだ。この容姿のおかげか不思議と自信を持って街を歩いていける。自己嫌悪に落ちることもない。気がうんと軽い。お金を払ってすぐ様家に帰る様にした。今すぐにでも彼に会うべきではない。心の準備が必要だと思い、彼の家を避ける様に帰っていった。もしこれで後遺症かなにかの問題が起こって、元の顔に戻ったりでもしたらなんて顔合わせしていいのかわからなかったからだ。彼の為にあの子になったというのに、皮肉な話だが、会ってその心境がバレてしまうのが怖くなっていった。毎日リップを塗ることだけは忘れずに心かける。リップがなくなり次第、シンデレラへ通うとまた新たなリップをくれるのだった。整形に依存する人の気持ちがわかる。もっと綺麗になりたい、以前の自分よりももっと。そう思うとやめられなくなっていくのだ。
なのにある日、シンデレラがなくなっていた。辻さんはどうやら事故に巻き込まれ、不幸なことにこの世を去ってしまったようだった。リップがもうもらえない。前の自分になるのかと怖くなっていく。せっかく手に入れた幸せは、この先どうなってしまうのだろう。その恐怖心から外へ出れなくなっていった。なのに神様は私が杉本鈴美でいることを許してくれたのだろうか。それからも容姿がかわることはなかった。あれは気休めのリップだったということだろうか。もうこの容姿なら学校にもいかなくていいし、親も海外出張から暫くは帰ってこないだろう。私が私だということはもう誰も知らないわけだ。この容姿でいられるのなら外に出歩いたっていいはずだ。外に出るのはどのくらいだろうか、気づけば不安は消えていて、私は意を決して外へ出向いた。

「おい、」

突然腕を掴まれて、振り向くとそこには大好きな彼がいた。家を出るタイミングが一緒だったというのか、外に出てすぐの出来事だった。しまった、彼に会うのはもう少し自分が安定してからが良かった。こんな早くに会うつもりはなかったというのに。焦って、どうしていいかわからず困っていた。

「杉本鈴美なのか?」

彼の私を掴む手が微かに震えていた。ありえない、そんなような表情をしている。私の顔を触り、つねったりするのはなんでだろう。今の発言からして彼は私が杉本鈴美さんだと思っているのだろうか。あぁ、完璧だ。彼は私だってことに気づいていないとその姿を見てわかる。

「なんで、ここに」
「...」
「以前、皆で見送ったじゃあないか..なんで..」
「露伴ちゃん、ずっと好きよ」

その言葉に彼は目を大きくして驚くと、途端に彼が私を愛おしそうに抱きしめた。壊れ物を扱うように、そっと。昔の自分ではありえないほど、見る目も優しい。優越感が自分の心を満たしていく。昔の私だったら名前すら呼べなかった。こうやって抱きしめてもらうことも。いや、そもそも出会った時から叶わないことだったのだ。彼が求める答えを返したわけでもないのに成り立ってもない会話に満足したのか小さな声で「よかった」と言う露伴ちゃん。対して私は彼にこうやって抱きしめられることを、夢じゃないと喜んでいた。よかっただなんて、それは私の台詞だ。もう彼をがっかりさせる私はどこにもいない。やっと欲しいものが手に入った。
背中に手を回し、彼の暖かさを知る。あぁ、もう二度とあんな自分に戻りたくない。全てを捨ててでもあなたと共にいることを選んだ。何も後悔はしていない。だから私は杉本鈴美の容姿をまとって生きていく。これからもずっと、大好きな彼と生きるために。

20200811