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とにかく走った。普段の自分といえば時間ギリギリで支度をすることが多かったので走ることには慣れているが、こんなに長いこと全力で走ることなんてなかった。意外に走れるものだなと後で自分を褒めたいが、今はそれどころではない。どのくらい走ったのかはわからないが、酸素を求めて息が苦しかった。状況を考えると、休む訳にはいかない。ディオと一旦は信号で距離が離せたものの、後ろから追いかけてくる姿が未だ見えるのだ。更に追い討ちをかけるように目の前にある信号になり、渡れずにいた。車通りが多いこの道では信号が変わるのが遅い。焦りから立ち止まりたくはないので、道を曲がると近くに歩道橋を見つけてそちらへ回った。しかしこの選択が自分を後悔させる。階段が長く更に体力を消耗してしまったのだ。体力が限界だった自分は、歩道橋のど真ん中で足を止めた。またすぐにでも走ればいいが、なんせ運動不足にはキツすぎる。ふとしたタイミングで向かい側を見ていると、そこには見覚えのある人がいるような気がした。近づかなければ顔がよく見えないし、勘違いもある可能性があるのでじっと耐えていると私の腕を誰かが掴む。それに驚いて振り返ると、ディオがいた。嘘、さっきまで豆粒みたいな大きさなくらい距離があったというのに。息を整える姿から、まさかずっと追いかけてきたんだっていうの。承太郎の姿は見えないし、一体なぜ後を追ったのかはわからない。輝きのない目つきに恐れて、喉元まで出かけた言葉を呑み込んだ。手を振り払うこともできず、私はただ彼が何を言うのか待つしかない。

「承太郎に好きだと言われたのか」
「...」
「だからここ最近、放心状態というのか、何かを悩んでいる感じだったんだな..」
「..」
「承太郎と距離ができればいいと思っていたのに、なぜいつもうまくいかない」

ディオだってわざわざ私を追いかけて言う意味がわからない。そんなことはいつだってよかったことだったが、自分の中でディオの発言が突き刺さる。その手を振り払って、いつでもこの場を逃げる事は出来たはずだった。なのに、承太郎と距離ができればだなんてどういうことだ。ここ最近承太郎はずっと私の近くにいた。ディオのいう距離があったというのは、入院していた頃くらいだ。それを指しているのかと嫌な予感が過ぎる。確信に迫れるのは今なのかもしれないとそんな気がした。

「ディオ、..あなた一体なんの話をしているの」
「名前のことだろ」
「そうじゃなくてッ!まさか、入院させたのはあなただっていうの?!」
「おいおいおい、いい加減その惚けるのはやめないか」
「わかんないよ!前もそうやって答えになっていない返し方するから、だからディオから疑いが消えないッ!勘違いだったらいいのにってずっと思ってたのに」

前回もそうだった。確信に迫ろうとすればディオは自分の意見を言うばかりで、全く答えになっていない。私がわかっている前提で話してくる。それは言いたくないから言わないのか。

「じゃあ逆に問うが、何もしないで名前、お前が手に入る手段なんてあったのか?」
「どういう意味?私が?」
「そうだ。お前を幸せに出来るのはこのディオだけだ。なのにいつも外野に邪魔をされ、承太郎には警告され思うようにいかなかった」
「だから承太郎を病院送りにしたと言うの」
「俺はやっていない。証拠もないだろう」
「でも、犯人はディオと数日前に関わっていたって」
「とはいえ、直接犯行に及んだわけじゃあない」
「違う。もしディオがそのきっかけを作ったなら、それはディオのせいよっ!!」
「俺のせいならどうしてお前の周りばかり奇妙な目に遭う」
「...わからない」
「まだ自覚がないんだな。きっかけを作ったのは全部、名前の方だ。俺の会話を聞いていた日から、いつも名前が関わっていただろう。承太郎や花京院から離れればこうもならなかったというのに、巻き込んだのはお前だとどうしてわからないんだ」

自覚がないってなんだ、ディオの思考がどうなっているのか全く理解ができない。しかしこれで確信ができた。ディオが何かしら手を回していたから、今まで不思議なことばかり起こっていたのだと。でもディオは全てを私のせいだという。私自身がなにか直接手をかけるようなことはなかった。何が一緒だっていうの、私は誰かを傷つけたりなんかしないというのに。

「そうやってまたわからないふりをして俺を嘲笑っているんだろ」
「どうしてそうなるの」
「本当はわかっていて心の内で楽しんでいるんだ」
「ちがっ、私はッ!....」
「なにやってるの!」

私とディオの間を遮るように誰かが立つ。..誰かだなんてさっきから薄々と気づいていた。私が唯一大学で仲が良かった女友達で、そしてディオの事が好きだったあの彼女が目の前にいる。久しぶりだというのにこちらも突き刺す様な鋭い眼差しを向けてくるので、気安く声がかけられなくなった。歩道橋の向こうから知り合いが歩いてくるような気がしていたが、まさかここで交わってくるとは予想外だった。今の会話をどこまで聞かれていたのだろうか。必死になっていて、まわりに配慮ができていなかった。

「どういうこと?ディオくんを弄んでたってこと?」
「違う、そうじゃないの!」
「だって、私のことだってバカにしてたんでしょ?!」
「私がいつバカにしたっていうのよ!」
「私あなたに何度もディオくんに片想いしてるって話したよね?!その後にディオくんから名前が好きだって話は聞いたわ!だから応援しようと思っていたのに、ディオくんは今確かに、わかっているフリをして自分を嘲笑ったと言った。あなたはディオくんと私の想いを知った上で誑かしていたのよ!!」
「彼女は何も悪くないんだ、僕が全部、」
「ディオは何も悪くないじゃないの!麻痺が残る私を心配してくれたのは、あなただけだった!!優しいから損をしてしまうのよっ」

まるで自分を敵視しているような言い方だが、何も反論はできなかった。だって私は友達だというのに、連絡を疎かにして会いにもいかなかった。新しい生活にいつも必死で、気を使って連絡をしないだなんて自分のいいように逃げていたと思う。違う、そう否定したくてもできない自分がいた。彼女が怒っている原因は私だと知ると、更に言い返せなくなってしまう。ディオとどういう関係だったのかはわからないが、この庇い具合を見ればよっぽどディオに対し信頼は厚い。私なんかよりも。じゃあ、私たちってどういう関係だったのだろう。自分が一方的に友達だと信じていただけだというの?この切迫した状況の中、私は今どうしたらいいかわからずただショックを受ける。距離を詰めて怒りを露わにする彼女は、気づくと互いの鼻先が触れそうなほど近くにいた。

「今日はディオくんに大学の皆と集まるから来ないかって誘われたの。名前にも会えるかと思って、楽しみだった。....なのに酷いじゃない、私の好きな人で弄んでいたなんて」
「ち、ちがうわ!弄んでなんて、え..」

弁解しようとすれば彼女の腕が私の肩を押す。勢いよく突き飛ばされたのだ。バランスを崩した私は、真後ろにあった柵を越えて逆さまに落っこちていく。刹那、死という恐怖が自分を支配した。なぜ、こうなってしまったのだろうか。ディオと共にいれば嫌な予感がしたのは、このことだったのだろうか。腕を伸ばしても誰も何にも届きやしない。更なる絶望が、自身をかき乱す。何より恐ろしいと思えたのは、突き飛ばした彼女の裏で見ていたディオの口角が上がっていたことだった。

「信じてたのに、最低」

彼女の吐き捨てた言葉が聞こえた。信じていたのは私の方だとそう叫ぶまもなく、落ちていく。あぁ、ディオの罠に嵌められた。全部が作戦のうちではないと思うが、遅かれ早かれ彼女ともめて恨まれる運命だったのかもしれない。承太郎を病院送りにしたのは自分じゃないと言っていたが、つまり今の様な事を指していたのだろう。例えその確信に迫ったところで自分の身の危うさまで気づけなかった自分のせいでもある。全ては私がきっかけだったと言ったけど、確かに自分が友達を大事にしなかったから招いた出来事だ。それにディオの本心を認めず突き放せなかったから。私がきっかけを作り、ディオはそれをうまく利用していた。散々承太郎や花京院が警告してくれたのに、今頃それに気づくだなんてもう遅い。
体を痛めつけた途端に意識が飛ぶ。赤い血が周辺に飛び散るのを最後に見た。死が自分を捉えにきたようだった。

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「承太郎くんっ」

その言葉にハッとした。なぜか慌ててあいつが外へ走って行ったことに気を取られていた。追いかけようとするとディオもあいつを追いかける。ディオと二人にするわけにはいかねえ、とっ捕まえてやろうとすると次に花京院が外へ出て後を追った方がいいと言う。帰る素振りがなかったというのに、突然一人で出ていくだなんて変な話だ。ディオの姿も見当たらないと誰かが探している。その二つの事実に嫌な予感がした。先ほど走って行った方向をおいかけても、見つからない。そういえば、昔から逃げ足だけは早かった気がする。何度か携帯に連絡を取るが、全く繋がらなかった。暫くして途中で逸れてしまった花京院から連絡があり、あいつも名前を探してくれてはいたが一向に姿は見つからないようだ。あたりは暗くなって、後に花京院と合流すると家にいるかもしれないと提案を受けたので一先ずはそうしようと思った時だった。直後、携帯が鳴り画面の表示を見ると名前の母親からだった。珍しい人物に電話をとる。

「名前が、歩道橋から転落して病院に運ばれたみたいなのッ!」

その言葉を聞いて、自分の感情が大きく揺すぶられる。焦りや不安から嫌な汗をかくのがわかった。すぐ様花京院と病院に向かう。状況はわからないが、不吉な予兆はあった。はやく、はやくと待っていられないどうしようもない時間が嫌いだ。何もなくいつも通り笑っていてくれればそれでいいが、自分が入院をした時にあいつが泣いていたのを思い出す。泣くまでには至らないが、不安は付き纏う。あの頃は大袈裟だと思ったが、きっとこんな感じだったのだろう。隣にいる花京院も深刻そうな表情をし、近くにいたTAXIを使って二人ただ静かに病院に着くのを待った。

「なぁ、承太郎。君はこの状況をどう思う」
「ディオが絡んでやがるな」
「僕もそう考えていた。こんなにも不気味なことばかり起こるのはあいつと関わってからだ。さっき忠告したばかりだっていうのに、それが気に入らなかったというのか」
「元々聞く耳なんて持っちゃいねえだろ」
「まあな。僕らもどうにかしようとしてきたが、ディオの思惑通りになるばかりだ」
「....」
「とっくに僕らは抜け出せなくなっていたんだろうな、ディオの罠から。まるで蟻地獄みたいに」

蟻地獄、花京院が言ったその言葉に考えている余裕はないが、自分の奥底へ沈んでいく様な気がした。それほど遠くない病院へ到着してすぐに受付で部屋を聞き、急いで名前の元に向かう。大きな音を立てて扉を開けてしまったせいか、あたりにいた人間が驚いてこちらを見た。真っ先に名前を探すと、当の本人は横たわって寝てやがる。寝ているだけならよかったが、包帯が頭やら腕に巻き付けられて目に見てわかるほど深刻な状態だ。奥には母親が泣いていたが、あいつの横に座っていたやつは名前の手を握っていた。そして、こちらを振り返り、悲しんだような素振りを見せる。

「承太郎、遅かったじゃあないか。慌てているのはわかるが、扉は静かに開けてくれないか?今、彼女の容態はよくないんだ」
「...」
「暫く目を覚まさないかもしれないってさっき医者が言っていたんだ。歩道橋から落ちたものの幸いにトラックの上だったようだがな。全身を酷く打ち付けたようで危ない状況だ。まさか名前の友達が私怨で突き飛ばすだなんて..」
「舐めた態度ばかりとりやがってッ!てめえがやったんだろーがッ!!」

止めに入る花京院を振り払ってディオの元まで歩き、胸ぐらを掴んだ。母親や花京院が死角に入ると、勝ち誇ったように笑い俺を見て挑発をする。なぜ名前にそこまで執着するのかはわからないが、異常な狂い方をしてやがる。だからこいつに名前と関わるなと何度か忠告したというのに、名前が甘い性格をしているのがわかって近づいたに違いない。だからってまさか名前をここまで痛めつけるような事はしないと油断していた。耐えがたい絶望や怒りを感じる。ここで顔が変形するまで殴ってやろうと拳を向けるが、名前の母親がここで喧嘩はしないでと止めに入った。流石に女を巻き込むことに躊躇したことで隙を生み、花京院が慌てて俺からディオを離す。名前の母親がいなければここで怒り狂っていただろうが、そうならないため母親と距離を近づけ、自分に被害が及ばないようにこの状況を仕組んだとしか思えない。先の先まで考えてやがる。

「出て行け、不快だ」
「酷いなぁ、僕はただ名前が心配で」
「ディオ、てめえだけは許さねえ」
「そんな風だから、彼女を守れるのは僕しかいないんだ。生きていてくれる、あぁ僕の元に帰ってきてくれて本当によかった」

反吐が出るような演技なこった。今すぐにでも海の底に沈めてやりたい。こいつに注意し、名前を引き離せるだけでは甘かった。初めから名前はディオと関わったことでまんまと罠にはまっていきやがった。こいつの考え方は普通の人間がするようなものではない。サイコパスのように、狂ってやがる。だから安易にその思考を理解出来ず、従っているつもりでもないのに都合のいい様に動いてしまう。そうして抜け出せなくなっていく。先程花京院が言った言葉がやっと自分の中でしっくりときた。蟻地獄、その言葉が似合う。俺たちはいともたやすく罠の底へ落ちてしまったということか。

しかし先程まで普段通り笑って過ごしていた名前の痛々しい姿に、内臓が震えるほど激しい怒りを抑えられそうにない。自分の行動を悔やみながら、決心をする。ディオの野郎の手に名前を渡さない。絶対に、この状況から救い出して見せると。

20200814