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目が覚めたときには、自分は床に倒れていて見覚えのない部屋に閉じ込められていた。何かで手足を縛られていて、身動きが取れない。それに外へ飛び出した時に携帯や財布を持って出たが、ポケットに入っているような感じがしない。取られたのか、落としたのか全くわからなかった。暫く呆然としていると、先程の男が現れてアバッキオに連絡しろと要求してくる。こんな手足が縛られた状態で、どう助けを呼ぶというのだろうか。全く怖くないわけではない。こんな乱暴に無理矢理連れてこられて最悪誰も私の存在に気付いてくれなかったら、私はきっとどこかに人身売買されそうな勢いだ。悪い事をしている人っていうのは大体自分が想像を超すより、手を染めているのはわかっていた。力で勝てない相手に、この先どうなるのか考えれば怖い。そう、本当は怖くて仕方ないのだ。だけどこいつの前で弱音を見せるのだけは嫌だった。

「あいつの番号わかるか」
「知らない」
「まぁいい、例えあいつに会えなくても女なんて売り飛ばせばいいだけだ」
「...」
「嫌だったらどうにかしてでもここに呼び出せ。ヘマしたら刺し殺してやるからな」

そう言ってどこからか取り出したナイフを私に見せた。どちらにしろ、こいつは私を不幸にしたいのだろう。こんな手段しか選べない奴に、アバッキオが負けるはずがない。部屋を出ていく男を私はただただ睨んでいた。

そこからどれくらい経っただろうか。確か、家を出たのが夕方頃だ。自分がどのくらい気を失っていたのかわからないし、外の様子が分かるものがない。部屋は暗く、日差しが入ってくるようなところではなかった。時間が経てばたつほど、このまま自分は二度と誰にも再会できないという恐怖が増す。あぁ、思えばろくでもない人生だった。世間一般的な家族なんて知らないし、自分の親は自分や兄を痛めつけるだけ。毎日泣いていた私を、兄がこれ以上苦しまないようにと二人で住む事を決めた。だからと言って幼い自分達が普通に暮らせていけるなんてこともなく、兄のどこで稼いだのかわからないお金で暮らしていた。私も働きに行こうとするも、兄は勝手に外を出る事を許してくれなかった。そんな兄が私の親代わりだった。兄はいつだって私の幸せを第一に考えて、助けてくれた。学校で猫を食べるのかといじめられた時も、父親から暴力を受けそうになった時も、ひったくりにあったときも全部兄がどうにかしてくれていた。今思えば、ひったくりの鞄はどう取り戻したのか謎だった。私以外、兄を恐れている人は多い気がする。だってみんな兄の存在をすれば逃げていく。もちろん年齢の関係で舐められることも多々あったが。
家族と過ごすより、ずっと兄と二人で生きてきた方が私にはよっぽど幸せな毎日だった。更にアバッキオを望んだ自分は贅沢だったのだ。こんなことするくらいなら、喧嘩せずに仲良くすればよかった。そうだ、兄の言う事を聞かなかった自分のせいなのだ。
恐怖から涙が止まらない。助けてと呟いたところで、誰もこない。一人寂しく泣いていたところで、どこからか入ってきたのか自分の肩にてんとう虫が止まった。こんな外の様子もわからない部屋のどこから入ってきたのだろうか。てんとう虫といえば、兄を思い出す。いつもてんとう虫のブローチをつけていたなあっていうくらいだけれど。不思議と安心した。兄が一緒にいてくれているみたいで、ただただそのてんとう虫を見つめていた。しかしてんとう虫が突然形を変え自分の携帯となる。一体なにが起きたのか理解ができなくて、驚いていると辺りが騒がしくなった。先程会話した男が部屋に入り、私の背後に回って首にナイフを突きつけた。足音がドアの向こうから聞こえる。誰かがこちらに走って来る音だ。背後にまわったこの男の怯え方、いつもそうだった。私が困っているときはいつも、その存在に気付いて相手が怯える。

「名前ッ!」
「来るな!!さもないとこいつを殺してやる!!」

兄の後ろにはアバッキオもいた。どうやってここを突き止めたのだろうか。この携帯もそうだが、自分が知らない何かが起こっている。

「おいこのクソ女ッ!携帯なんか隠し持っておいて、いつ呼んだんだあぁ?!」
「呼んでないッ、」
「嘘つくなッ!!あの日、俺を殴ったでけー男だけ呼べっつったよなぁ?!なんでもう一人ガキがいるんだッ」
「イッ」

この男、恐怖からか腕が震えている。私の首にナイフの先端が刺さっているのに気付いていないのかなんなのかわからない。まだ耐えれる痛みなのでいいが、血が流れていくのがわかる。男は一旦引いたと思えば思いっきり振りかざすような行動をとる。刺される恐怖からか目を瞑った瞬間、男が大声を上げた。ゆっくり目を開けるが、血塗れになっている自分がいる。でも痛いところといえば、先ほど刺された自分の首だけだった。じゃあこの血は誰のものなのか。そんなことを考えていると兄が駆け寄ってきて、私の体を包む。

「よかった、本当にッ」

兄が私と喧嘩した時の涙とは違う。あれはきっと私に罪悪感を持たせるための演技だったのだろう。兄の表情は見えないが、肩が少し揺れたのはきっとそういうことだった。一緒にきていたはずのアバッキオと目があったが、私を見て何も言わず部屋を出ていく。

「ごめんなさい、」

もしこの出来事が最悪な結末を迎えるならば、私は二度と兄と一緒にいられなかっただろう。兄の背中に手を回し、肩に顔を埋めた。

「外に出てみたかったばかりにお兄ちゃんを傷つけた。本当にごめんなさい」
「無事ならそれでいい。僕こそ悪かった。...約束してくれ、二度といなくならないって」

どうやら兄と一緒にいれなくなるという風に考えていたのは、私だけじゃなかったようだった。私はぼんやりと思い出す。兄がギャングになった時に、自分を置いて死なないでくれと言ったことを。兄には私しかいないし、私には兄しかいない。お互いがお互いに唯一の信頼できる血の繋がりに依存しあっているのだと改めて知る。兄に会えたことにより気を取られていたが、いつのまにか先ほど刺さって血が流れていた首の傷や頭を強打した時の傷は不思議なことに跡形もなくなっていた。

20200712