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ここ最近兄は毎日泣いていた。原因は、私が一人で外に出たいと言ったからだった。そんなに泣く程の事だろうか。兄ももう16になるし、私も15だ。兄が一人でどこにでも出かけられるというのに、私は家に閉じこもってばかりだなんて不平等なんじゃないか。このままでは余計にアバッキオに会えなくなってしまうと考えると私も限界だった。何れは一人で買い物に出かける様になるだろう。どのタイミングで言おうがこうなる事は目に見えていた。でもこうも毎日、目の前で泣かれると罪悪感が芽生えてくるわけで、自分のことを大事にしてくれているのはありがたい。出来れば少し加減というのを知って欲しい。兄は何事も極端な気がした。
しかし兄の口から外出の許可が下りる事はなかったので、私は勝手に出歩くからと一言かけると、次の日からどこからか生えてきたのかドアノブにぎっしりと蔦が絡まっていた。この状況で一体どうやって兄は家から出たというのだろうか。そしてドアには大きく一人で外出禁止と書かれてあるホワイトボードが飾られていた。しかもご丁寧にイタリア語と日本語で書いてあった。
こんな事に参っていたらこの先もずっと出れなくなるのはわかっていたので必死に蔦をむしり、ドアをこじ開けてやった。以前一人で外出をしていた時は、兄に内緒で出ていったので後ろめたさがあったのだが今回は違う。本人にちゃんと出歩くと伝えた。そうやってシャッターが閉まるこの異常な部屋を抜け出したのだった。

ふと外を歩いていると、一人で買い物をするくらいならアバッキオが付き合ってくれると言っていた事を思い出した。アバッキオの連絡先も知らないし、今どこにいるかもわからない。無謀だと分かっていても探すしかなさそうだ。兄がよく行くレストランにひょっとしたらいるのかもしれないと考え、見つからない様にこっそりと向かった。もし逆に兄に見つかってしまえば、絶対家に連れ戻されるのが分かっていたから慎重だった。すると奇跡が起きる。前からフーゴが歩いてくるじゃないか。私は見つけてすぐに彼のもとへ走り寄っていく。ありがたいことにフーゴは一人だった。

「フーゴ!お願いがあって..」
「どうしたんですか?」
「アバッキオが今どこにいるか知ってる?」
「彼なら今日休みだったと思いますが」
「休みかぁー」
「彼に連絡とってみましょうか?」
「あ、いいの。せっかくのお休みに邪魔しちゃ申し訳ないし。ただ買い物に付き合って欲しかっただけなの。」
「彼のことですから連絡したらきてくれますよ。それとも僕が代わりにと言いたいところなんですが、生憎これからナランチャに勉強を教える約束をしていて...」

こんな私をみてフーゴも付き合ってくれようとしたのだろうか。兄が所属するチームの人ってどうしてこう優しい人ばかりなんだろう。環境に恵まれている。私ももっと外に出ていろんな人と関わり会えたら、世間を知っていけるのだというのに。それにアバッキオがお休みと聞いて少し落ち込んだ。スムーズに物事が進んでいくはずがないと。これから先、外に出る機会なんていくらでもあるというのに、私は何を焦っていたのだろうか。

するとタイミングよくフーゴの携帯が鳴った。任務中に邪魔しちゃったかな。もう立ち去らないと、そう離れようとすればフーゴは私を見て手招きをした。

「もしもし、アバッキオ。タイミングいいですね、僕も用があって今電話しようと思っていたところだったんです。えぇ、なるほど。それで僕は構いませんよ。えぇ、僕..ですか?用があるのは僕じゃなくって、今たまたま名前にあってアバッキオに用があると言っていたんです。一旦変わりますね」

相手は今丁度話していたアバッキオからだった。いいな、アバッキオと連絡がとれる仲で、そんな事を考えていたら携帯を貸してくれた。突然の事に戸惑いながらもそっと耳に当てるとアバッキオの声がする。声がするだけでこんなにもドキドキするだなんて私相当惚れ込んでる。

「アバッキオ、なの?」
「そうだ」
「私、外に出られる様になったの。でもきっとお兄ちゃん一人で出たら心配するだろうし、買い物付き合って欲しいなと思ってて。ほら、前そう言ってくれてたから、その」
「今どこにいる」
「い、今じゃなくていいの!今日はおやすみって聞いたから、日にちが合う時でいいから」
「どうせ欲しいものがあるんだろ。丁度いい、昼飯時だ。付き合え」
「...」
「なんだ、都合悪いのか?」
「そんなこと!」
「今どこにいる。目印になるもんとかあるか?」
「いつもアバッキオ達がいるレストランの近くだけどそのレストランだけは行きたくなくって..」

じゃあ、その反対車線側にあるカフェでも入ってろ。準備したらすぐ向かうと言って電話が切られた。フーゴに携帯を返すとよかったですねと言ってくれたものの、私はまたどんどん心拍数が上がっていくのを感じた。フーゴのおかげだ..。私は思いっきり頭を下げてお礼を言った。アバッキオとまた買い物だけではなく、お昼にも行けるなんて。私の顔といえば気持ち悪いくらいににやけているに違いない。
そのあとすぐにフーゴと別れてカフェに入り、身嗜みを整えリップも塗り直す。あとは何かおかしいところないかなと思い鏡ばかり見ていたら30分も経過していて、気づけばアバッキオが店に到着していた。高身長で自分より年上なアバッキオ。これだけで私は十分彼にイチコロだというのに、私に気づいて少し笑ったアバッキオといったらもうかっこよすぎて死にそうになった。嬉しい、またこうして会えるなんて。私は直様アバッキオの元に駆け寄ると、先にご飯を食べようと誘ってきたのだ。何が食べたいかなんて言われてもアバッキオといるだけで幸せだったので、なんでもいいといいながらも店につけばお腹が空いて、パスタ一人前を普通に平らげてしまった。

「アバッキオ、お休みなのによかったの?」
「休みは今日だけじゃないからな」
「ありがとう..」

聞きたいことや、やりたい事は数えられないくらいあった。でもこの時の自分と言ったら一緒に入れることに、ただただ喜びを感じているのだった。アバッキオの好きな食べ物だとか普段なにをしているだとかを質問攻めしてしまう。任務の話になると兄の話がよく出てくるのだが、元からあまり仲が良くないのだろうか。アバッキオの口から出てくる兄への印象に、刺のようなものがある印象を受けたのだった。それなのによく私と買い物へ一緒に行ってくれたよなあ...なんて。

「それで、今日はどこに行きたいんだ」
「今日はね、ドルチェを買いたくって。ほら、今駅前で流行っているところがあるじゃない?」
「あとは?」
「本当は服とか靴とか見たいんだけど、また今度にする」
「遠慮してんのか?」
「だって、申し訳なくって」
「本当にしたい事をすればいいじゃあねーか。言ってみろよ」

大人の余裕ってやつだろうか。流石に五つも歳が離れているだけあるのか、尚更かっこよく見えてしまう。私が本当にしたいこと、そんなのは決まっていた。

「私ね、本当はもっと外に出ていろんなものを見てみたいの」

いつだって兄に駄目だと言われて、諦めて従ってしまう自分がいた。でも恋をして変わってしまった。もっとこの人といろんなものを見てみたい。もっといろんな事を知っていきたい。私はこの世界の事をまだ何も知らないのだから。
するとアバッキオは鼻で笑い、時間が合えば今日だけじゃなくって付き合ってやると言うのだ。その一言がとても嬉しかった。またアバッキオと会える口実が出来たことに。

そうして私たちは店を出てドルチェを買いに行った。人気店だけあって少し並んだが、なんとか好きな物を買えたのでよかった。せっかくだし兄の分も選ぶ事にする。きっと兄のことだ、誰とどこでどう買ったのかうるさく聞かれそうな気もして躊躇ったが、もう考えるのが面倒で結局買う事にした。会計時に財布を出すとそのくらい買ってやるとアバッキオがお金を出してくれた。兄に要らないって言われても別にいい。アバッキオと一緒に買ったドルチェだと思いながら食べれるなんて最高。
まだ少し夕方まで時間があったので寄りたかった靴屋にも行って、商品に迷えばアバッキオの意見を聞きながら決めた。そんな時間がこの上なく満足で凄く幸せだった。
家まで送って行ってくれると言ってくれたが、兄にもし会ってしまったら面倒なことになるのを恐れた私はその場で別れる事を選んだ。しかしこの前危ない目にあったばかりだったということもあり、アバッキオも譲らない。少しでも長く一緒にいたいと思ってしまった私は、事情を説明すると家の近くまで送ってくれるという話で済んだ。アバッキオとの会話に小さい事でもオーバーリアクションをとってしまうので、きっともう好きだという気持ちがバレていそうな気がして少し怖かった。
家につく手前でアバッキオはまたなと言って去って行ったが、ふと何かを思い出したようで私の元に戻ってきた。渡されたのは一枚の紙。開くと電話番号だった。何かあれば連絡しろ、そう言ってきたのだ。これでいつでもこれで連絡が出来てしまう。じわじわと込み上げてくる感情。誰かにこの幸福を聞いてもらいたいものだ。そうして今度こそ去っていくアバッキオの背中を見えなくなるまで見つめていた。
私は部屋に戻ろうと足を進めるとアバッキオが帰って行った反対側の道から、物凄い勢いで誰かが走ってくる姿が見えた。あの特徴的な髪型はきっと兄だろう。あと少しでも遅れればアバッキオと兄が遭遇してしまうようだった。よかった。

「どうしてなんだ!!部屋には僕のスタンドで生き物を成長させ、出れないようにしたというのに!!」
「お兄ちゃんの好きなプリン買ってきたよ」
「プリン..?」
「好きでしょ?お兄ちゃん喜ぶかなと思って」
「僕の..為に..外に出たというのか..?僕はなんて幸せものなんだ...うぅっ、ありがとうッ」
「すぐ泣くよね、大袈裟だなあー。これからも買ってきてあげるから、外出の許可してよ」
「それとこれは話が違う。さぁもう外は暗いから家に入って、そのドルチェを食べようじゃあないか」

プリンを買ったと言えばもの凄い嬉しそうな顔をしていたものだから、ついでに外出のおねだりもできるかと思ったのに、言えば途端に表情が変わる。お兄ちゃんの為に、だなんていう発言をすれば昔から兄の機嫌は大抵直る事はわかっていた。パワーワードだ。
兄が泣いたのも一瞬で、あれは演技かというくらい切り替えが早かった。来世はアクターにでもなればいいと思う。いや、今からでも遅くはない。そう勧めたが、聞いちゃくれなかった。都合のいい耳だよな、ほんと。
私はこっそりとアバッキオから貰った手紙を鞄の中にしまい、兄とアバッキオが買ってくれたドルチェを食べるのであった。

20200514