ふと、懐かしい匂いを感じた。
「――――懐かしい、あの、目の前で失われた匂い」
目の前で消えていった匂い。
その匂いには、光を感じるのに。
まだまだ闇がそこにあった。
――――――
全身が熱い。
「…あ、起きられましたか?」
水が飲みたい。
そう思い、瞳を開けると天井が見えた。
そして、声がしたほうを見るとそこにはタオルを持った黒子テツヤがいた。
「あ、の…」
「まだ体が暑いでしょう?只今、水をお持ちいたしますのでお待ちください」
杖を一振りすると、コップに入った水が出てきた。
それを差し出され、おずおずと受け取り喉に水を流す。
さっきの違和感がなくなるみたいだ。
「あ、の…ありがとうございます」
「いえ、これからは何なりとお申し付けください」
淡々と答えるし、無表情だ。
「そ、れよりもっ私が第百代魔王ってどういうことですか!?急に連れてこられて…!!家に帰してください!」
「…それについては大変申し訳ないと思っております。ですが、貴女は第百代魔王に就任なされたのです。それは覆せません」
「なんで、私なのですかっ!!」
彼に駆け寄ろうとふかふかの天蓋付きベッドから下りようとしたとき、足に違和感を感じた。
ジャリ…
鎖の音がした。
「え、」
「名前様には逃げてもらっては困りますので。足枷をつけさせていただきました」
「なっ、んで…!!」
「貴女にはここにいてもらわなければならないのです」
するり、と布の感触が頬に触れた。
それは、彼の手袋だった。
今の手袋は黒い。
「さて、お話しいたしましょうか。時間がありませんしね」
「時間…?」
「ええ。名前様と僕らのタイムリミットです」
何を言っているのかわからない。
だけど、心のどこかで納得している自分がいた。
「まずは、僕は魔王様付きの執事、四大貴族のうちの一つ、黒子家の次男黒子テツヤです。テツヤ、とお呼びください」
そう、言いながらお辞儀をし自然な手つきで右手の甲にキスをした。
「ずっと、この日を待っていました」
彼の表情は、さっきの無表情ではなくなっていた。
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