櫻籠り哀歌

「君に『業』をあげる」―玖

何かが壊れた音がした。


――――――


ふと、隣に温もりが消えているのに気付いた。


「っ、名前!?」


周りを見渡してもいない。
ほんとにどこに行った!?
その時だった。


ガラガラ


玄関の扉が開く音が聞こえた。


「名前…!!!」


僕は、慌てて光のさす方へと向かう。


「え、櫻…!?」


ぎゅうっと名前を抱きしめる。
やっと、名前の温もりだ。


「どこに行ってたの!?僕、隣に名前がいなくて…!」


「ごめんね、櫻。私ね、桜を見に行ってたの」


狂い咲きの桜か…
そういえば名前は桜が好きだったな。


「それでね、桜の木の下で面白い人間に出会ったの!」


その言葉を聞いた瞬間、僕の心が凍り付いた。
思考が止まった。


「その人はね、私とぶつかった人でね。綺麗な空色の髪に空色の瞳だったの。とても澄んだ綺麗な空色だった」


名前の表情が輝いている。
その瞬間、僕の中で何かが壊れた気がした。


「それでね、その人ねこの国の陰陽師の家系らしくてね、黒子テツヤって言うんだって!祭りのために来てるらしくてね、私と櫻の過去をね村長に聞いたんだって。聞いてもね、私のこと嫌わなかったの!殺そうとしなかったの!」


ねえ、名前。
君は…


「僕を、裏切るの?」


「え?」


「僕を裏切るのかい?」


トンッと名前の肩を押し、離れる。
綺麗な長い黒髪が綺麗に流れる。
僕と同じ黒髪。


「さ、くら…?」


「名前は、そんな人間のもとに行くの?」


「え、行かないよ?何言ってるの?櫻…」


「だって、君の言葉はまるで僕から離れていくような言葉だった。裏切りの言葉だった。名前は僕のものでしょう?名前は僕の太陽だろう?どこかに行こうとしないでよ!ほかの奴の話なんてするなよ!僕じゃない名前を呼ぶなよ!」


名前の目は見開いていた。


「櫻…」


「そうやって僕の名前だけを呼んでよ!僕を裏切るなよ!」


「でもね、黒子テツヤって人はね…?」


また、その名前。
もう、いい加減にしてよ。
僕には名前しかいないのに。
なんで名前にはほかの人が。


「ふざけるな!!!名前は僕のものだろ!!他の奴の名前を呼ぶ名前なんて…いらない」


「え、」


「いらない。僕を見ない、僕の名前を呼ばない名前なんて嫌いだ」


名前に背を向ける。
僕を見ない名前なんて嫌いだ。
いっそのこと、名前を閉じこめようか。
そして、僕だけを見ればいい。
僕がいれば名前なんて光を見なくてもいい。