櫻籠り哀歌

「君に『業』をあげる」

―――ねえ、貴方は覚えていますか。
あの日の桜を。
あの丘の、季節外れの冬に咲く桜を。
全てを飲み込むような、素晴らしい桜を。


あれは、ずっとずっと昔のお話。
全ての始まり、松奏院家の始まりの話。


「櫻!」


「名前!」


僕と名前は、二人っきりで深い森の奥に住んでいた。
両親も早くに他界し、僕らは二人っきりで過ごしていた。


「名前、どこに行くの」


「ん?買い物だよ」


桜色の着物を着て外へ出る準備をする名前。
袖をとっさに掴む。


「行かないでよ、名前。また、君が傷ついたら…」


名前の綺麗な黒髪をすく。
僕と同じ黒の髪。
そして同じ群青色の瞳。


「大丈夫だよ。もし、攻撃されそうになったら逃げるから、ね?」


「……でも、僕らは村の人から忌み嫌われてる双子だよ」


両親は、普通の人間だった。
だけど、生まれてきた僕らには摩訶不思議な力を持っていて忌み嫌われている。
両親はそんな僕らを守っていてくれたが、早死にしてしまった。
そして、村の人たちからは『あの双子が摩訶不思議な力を使って両親の命を奪ったんだ』と言われ、迫害され、今はこんな山奥に住んでいる。
それでも僕らは生きなきゃいけないので、食べ物などを村に買いに行く。


「…いってくるね、櫻」


「やだ!行かないで!僕から離れないで!」


この世界には僕ら二人しかいない。


「心配しないで。必ず、戻ってくるからね?」


チュッと額に口づけをされる。
名前は、僕がこの行為に弱いということを分かってるから、いつもこの行為をしてくる。


「絶対に、戻ってきてね?」


「うん」


僕は名前を引き寄せ、唇を重ねる。
すると、名前は顔を赤くする。
まったく、いつになったら慣れるのか。


「いってらっしゃい」


いつも、家の中から見送る名前の姿に縋り付きたくなるのをこらえて見送った。


「名前、名前、愛してるよ」


いなくなってしまった名前に愛の言葉を言う。
僕は、力が強すぎて外にはあまり出れない。


「ねえ、いつまでもいつまでもこうやって二人の世界にいれたらいいね」


名前を離すつもりなんて毛頭ない。


「あー、早く帰ってこないかなー」


僕と名前の運命が変わるまであと少し。