櫻籠り哀歌

許しを請うものに

懐かしいものを見た気がした。
懐かしい匂いを嗅いだ気がした。


――――――


パチリ、と目を開けるとそこは未だに闇が広がっていた。


「(そういえば、私櫻のところに戻ってきたんだ)」


「…名前」


ちゃり、と鎖が動く音がして目を手で覆われた。


「櫻、」


「おはよう、名前。ねえ、どんな夢を見た?」


「さく、ら…」


耳元で生暖かい息の当たる感じがした。


「櫻様っ!!!」


「ああ、何?テツヤ、起きたの?」


「名前から、離れてください!」


不意に、櫻の雰囲気が怖くなった気がした。


「……離れないよ。名前は、君のものではない。僕のものだ。前からずっとね」


「っ、そ、れは心得ていますがっ…」


黒子さんは従者。
しかも黒子家だ。
黒子家は永遠に松奏院家に忠誠を誓っている。


「でも、それでもっこの想いは止まりません…!!僕は貴女と初めて会った時からずっと」


ふと、違和感を覚えた。
私はなぜ、目の前にいるであろう彼が黒子家の人間と分かったのだろう。
確かに、さっき櫻が黒子テツヤと名前は言っていた。
でもそれが、なぜ従者だと決めつけた?
黒子家にはたくさんの人間がいるのに。
夢の中の少年は、顔は曇っていてわからなかった。
だけど、確かに声は彼だ。
目の前の彼だ。


「―――黒、子…テツヤ?」


私が言葉を口にした瞬間、二人は息をのんだ。


「名前!!思い出してくれましたか!?」


「そう、だ。この声はテツヤだ。私の特別な――――」


「名前、」


櫻に口をおおわれ、声が出せない。


「思い出したんだね。でもいいよ。僕は寛容だからね、許してあげる」


「んっ…」


「テツヤなら許すよ。だって、ここに役者がそろったのだからね」


櫻の言っている意味が分からなかった。


「――さあ、君を手にする戦いが始まるよ」


目を塞がれていた手が離れる。
暗闇になれた目は、この薄暗い部屋の世界を私に見せていた。


「――――――殺しに来たよ、櫻。そして黒子くん、君も」


残酷な結末の始まりだった。