顔は、名前と同じなのに表情と瞳の色だけが違う。
名前はそんな、愉しい玩具を見つて嬉しそうな笑顔なんてしない。
そんな、群青の瞳でもない。
でも、確かにそこに名前がいた。
『―――ああ、名前』
『…どうしたの、櫻』
『最近どうして来てくれなかったの?僕寂しかったんだからね。僕ずっとここで独りぼっちだったんだからね』
『…ごめんね』
櫻様は、癇癪を起こしたかのように名前に疑問を投げかける。
それに名前は申し訳なさそうに答えた。
『挙句の果てにはさ、従者だってつけちゃうし。なあに?僕に嫉妬させたかったの?』
そう言って、次に瞬間。
櫻様は名前の首筋に噛みついた。
『――――――っ!!!』
声にならない名前の叫びがこの暗い空間に広がる。
『名前っ!!櫻様っ、何をなさるのですか!!』
『――何って、食事。愛情表現。見ててわからない?』
ごくり、と櫻様の喉が動いた。
『ああ、久しぶりの名前の味だ。最近、定期的に贈られてくる食事はまずいものだらけだったから…』
ここで、一つ疑問に思った。
『さ、櫻様は何を食事なさるのですか…?』
この疑問が晴れれば、この空間に広がる臭いに櫻様の着物に付着している赤の謎もわかる。
『…テツヤ、』
名前が哀しそうな顔をした。
どうして…?
『あはは、何、だって?黒子テツヤ、お前薄々気づいてるでしょ?』
気持ち悪いほど櫻様の口が弧を描いた。
『――――――人、だよ』
『―――っ!!』
ぞくり、と冷や汗が流れる。
人、を喰らっている。
『櫻っ!』
『…名前、事実じゃないか。僕は人の血肉を喰らって生きている』
この腐臭は、人の死体が腐った臭いで。
その血は、人を喰らったときに付着したもの。
『僕はね、人を喰らうことで力を得ているの。この力は強大だからね、こうして閉じ込められているのさ』
『…櫻、』
名前が櫻様の名前を呟く。
その声音は、とても愛しそうな感じだった。
『黒子家の君なら、正統な後継者なら、もうわかってるでしょ?君が、君たち黒子家が僕ら松奏院家に忠誠を誓うようになった理由。夢で見てるんじゃないの?』
櫻様の言葉は、とても重い。
そして、心当たりのある僕はぎゅうっと胸の着物を握った。
『――この、僕が理由だよ。君たちが忠誠を誓う理由だ』
名前の肩口から覗く群青の瞳をどこかで見たことがある気がした。