櫻籠り哀歌

月と太陽に戻ろうか

すべてはあの瞬間から始まっていた。


―――――――


懐かしい匂いがした。
懐かしい温もりを感じた。
懐かしい感触がした。


「…ん、」


「…あ、起きた?」


普通は聞こえることない声がした。


「え、なんで、」


「久しぶりだね、名前」


目の前には嬉しそうに笑う櫻がいた。
櫻にすぐ触れられる距離に私はいる。
ということは…


「…っ、また、閉じ込められた!?」


慌てて柵の方へと向かおうとすると、櫻に後ろから抱きしめられた。


「櫻っ!離して!」


「嫌だ!絶対に離さない!やっと僕のもとに戻ってきたんだから!」


ほのかに血の香りがする。
ああ、そういえば辰也くんから香った匂いも同じだった。


「櫻、櫻…」


「ねえ、もうここにいよう?僕の元にいてよ。僕をこれ以上独りにしないでよ」


櫻の声は今にも泣きそうな声だった。
櫻は私にとって大事な人だ。
ほおっておけるわけない、そんな気持ちが出てきた。


「ねえ、ねえ。もうさ、終わりにしよう」


「え…?」


「僕ら二人のために失われた絆も。壊れた絆も。生まれた絆も」


ちゃり、と櫻につながれている鎖が音を立てた。


「また、たった二人の世界に戻ろう?あいつが……黒子テツヤが邪魔してくる前の僕ら二人の世界に」


どくん、と心臓が大きく動いた。
まるで櫻に心臓が掴まれているみたいだ。


「戻ろう。『代わり』も兄も従者もいらない。二人の世界に行こう?太陽と月みたいに」


「…櫻」


「僕がすべてを終わらせてあげるから。ねえ?もう、僕はこれ以上傷ついていく名前を見たくないよ」


どこかで、チリーンと鈴が鳴った気がした。


「血まみれた世界から救ってあげる。名前」


櫻の言葉に涙が一粒流れた。


「―――――救ってあげる?よくそんなことが言えますね」


その場でこの暗い空間に似つかわない声が聞こえた。