櫻籠り哀歌

腕の中にある温もり

私を泣きながら抱きしめる涼太。
それを下から涙目で見る櫻。
そして、私たちを呆然と見る赤司さん。


「……姫、様」


赤司さんの口から、小さい吐息のような声が漏れた。


「…あなたは、『また』僕らを置いていくのかい?」


「え?」


「…ねえ、もうこんな想いしたくないよ」


振り返り、赤司さんの表情はさっきと変わり今にも泣きだしそうだった。
キリッと胸が痛んだ気がした。


「あか、しさん…」


「赤司じゃない。征十郎だ。あなたにだけ、僕の名前を呼ぶのを許している」


彼の言葉は、何処かで聞いたことのある気がした。


「征、十郎…?」


「っ、ああ」


ふわりと、一瞬。
ほんの一瞬、笑みが見えた。


「何故だか、知らないけどあなたのこと大切です」


「え、姫様」


「だって、こんなにもあなたの笑みを見ただけで嬉しくなるんだもの」


にこりと笑うと赤司……いや、征十郎は紅色の珠をつけた刀を鞘へと戻す。


「……ああ、その刀…『焔叢雲』も」


「名前…?」


涼太が私の名前を呼ぶ。
その瞬間、私が何を言ったのか理解出来なかった。
無意識に何を言っていたのだろう。


「…この名前、分かってるんだ」


ぎゅっと、刀を掴む征十郎。
それは、嬉しそうだった。


「知ってますよ、だってそれは…「ダメだよ、名前」…っ!」


口を櫻の手で押さえられ、続きが言えなかった。


「ダメだよ、それは言ってはいけない約束だろ?」


櫻の言葉にハッとする。
そうだ。
これは、約束だ。


「……それで、赤司征十郎。俺らは帰るよ」


「っ!待て!」


「待たないよ。二度と会うときはないことを祈ってるよ」


涼太が移動術を使ったのか、目の前が霧に包まれる。


「姫様っ!!!」


私に向かって伸ばされた征十郎の手は、私に届くことなく空気を掴むことしか出来なかった。
それを最後に私は、気を失ってしまった。


「……涼太」


「…なんスか?櫻」


「…君にはちゃんと役目を与えたはずだけどね」


「っ!!!」


「守ってくれなきゃ困るよ。俺には…『僕』には名前しかいないんだからね」


俺らの周りに見慣れた風景が見える。
ああ、家にやっと帰ってこれた。


「……君は、代わり、なんだから」


うるさい、うるさい。
そんなこと知ってる。
櫻は、スウっといつの間にか俺の前から消えていた。


「名前、」


柔らかな肌に手を這わせる。


「名前、愛してるっ」


ほんの少し暖かい名前の唇に俺の唇を合わせた。


「このまま、壊したいくらいに」


何もかもを…