櫻籠り哀歌

崩れ落ちる積み木

暗い暗い部屋の中。
太陽の光さえ届かない部屋の中。
鉄錆の匂いと何かが腐った匂い。
その匂いが鼻に来るようなツーンとした匂いが蔓延していた。


「ふふ、ふふふ。楽しいなあ、この展開」


男にしては少し高い声で笑う。


「鈴でさ、忘れさせてもいいんだけどー。せっかく『俺』が行ってるし、しかも赤司征十郎ときた」


彼は、すぐ傍にある鈴を撫でる。
それは優しそうな手つきだった。


「あははは!このまま絶望を味わえばいいよ!赤司征十郎!絶対に名前は、従者は選ばない!あははははははっはははっは!」


そのとき、この部屋にこつんと足音がした。


「…気味の悪い笑い声出さないでくれる?」


「あれ、辰也だ」


そこには、藍色の着流しを着た辰也が立っていた。


「あんまり、俺のかわいくて愛しい名前をいじめないでくれる?」


「…何言ってるの?辰也。これが本当の目的だったんでしょう?」


辰也は、にっこりと笑った。
ああ、怖い怖い。


「…何が言いたいの?」


「だーかーらー。これが…名前が絆を嫌と思わせることが目的だったんでしょー?いやー、壮大な計画だね!」


だって、三千年前から仕組まれていたことなのだから。
いやはや、壮大すぎて僕は涙が出ちゃうよ。


「…全てが計画通りだよ。名前が俺のものになるまでもう少しだ。このまま名前が従者達を否定すればいいんだけど」


「君ってほんと嫌な性格だよね。名前のためならどんな汚いことでもやるし、嘘でもつくし…」


「それは、君もだろう?俺は名前しかいないからね」


辰也の顔は、微かに名前に似ていると思う。
兄妹だから、しょうがないけど。
そう、純粋に名前と血が繋がっている。
彼だけは特別だ。
涼太よりもずっと。


「あはは!当たり前だよ!だって僕は名前を愛しているからね!」


だけどね、僕のほうがもっともっと特別なんだよ。
名前にとっても涼太にとっても。
だから、辰也になんか渡さない。
名前は僕のだ。
『俺』にだって渡さない。


「…それよりもさ、辰也」


「なんだい?」


「ねえ、なんで『俺』が外にでてるの?しかも名前と会っちゃってるし」


すると、辰也は意味深な笑みを浮かべる。


「っ!てんめっ!」


ちゃりっ、がちゃっ


僕にまとわりつく重い鎖が音を立てた。
しかも、急に喉が渇き始めた。


「くそがっ!」


「櫻、いい子にしてここに閉じこもってなきゃだめだよ?そうしないとその苦しい渇きにずっと纏われることになるよ?」


ちっと舌打ちをする。
なんで、『俺』を出したのか。
まだ聞けてないってのに。


「ほんとに最悪。『俺』が出ていて精神保つのが難しいってのに。名前を苦しめやがって」


「…名前は、君のこととなると少々過保護気味になるからね」


「何年一緒にこの暗い部屋にいたと思ってるの?16年だよ!当たり前さ!あはは!」


そうなるように躾けてきたと言ってもいい。
だって世界には僕と名前しかいなかったんだから!


「だからね、辰也だとしても僕は許さないよ?いざとなったらこの鎖は、この鉄格子は意味はなくなるんだから」


「気をつけるよ」


ねえ、名前聞こえてる?
こんなにも積み上げてきたものが崩れる音を。