櫻籠り哀歌

去り行く君が名残惜しい

ひどく懐かしい声がした。
目の前で揺れる赤の髪。
それが、太陽の匂いがすることも手触りがいいことも知っている。
そう、知っている気がした。


「…それが、うざいっていつも言ってんスよ。だからお願い、赤司っち…死んで?」


涼太の放った言葉は、ひどく冷たかった。
刀を振り上げる姿がスローモーションのように見える。
赤髪の人は、何故か避けようとしない。
…もう、これはあの時と一緒ではないか。


「…あの時って?」


ふと、疑問に思った。
それは、あの時…あの時?
覚えてない。
そう思いながらも私は無意識に駆け出していた。


「っ!名前っ!?」


「姫様っ!?」


私は、何故か名前も知らない赤髪の彼を守るように立っていた。
涼太の振り落とされる切っ先は、寸のところで止められる。


「なっ、なんで、名前がっここに!?」


涼太は、カランと刀を道に放り捨て私の肩を掴んで聞いてきた。


「…っ、ただ、涼太を探してて…」


「〜〜っ、そうっスか」


ぐしゃぐしゃに髪をかく涼太。
そのとき、ふわりと誰かに抱きしめられた。


「…姫様、」


この匂い、ああ、あの赤髪の彼か。


「っ赤司っち!」


「…姫様、逢いたかった。ずっとずっと逢いたかった。こうして、抱きしめたかった!!」


彼の叫びが、私の心にドスンと乗る。
こんな悲痛な叫びを前に聞いたことがある。


「あなた、赤司さんと言うのですね」


「…名前っ」


涼太のあせった顔が視界の片隅に写る。


「…ああ、どうしてでしょう。あなたの髪も匂いも声も息もその瞳も全てが、知っている気がします。懐かしく感じます。…愛しく感じます」


「姫、様……早く思い出して。そしてまた僕に愛をくれっ。そしたら、もう絶対に離さないから」


「この抱きつかれる感触も懐かしく感じます。…もう、涙が止まらない」


「姫様!戻ってきてっ、僕を愛して!僕も姫様に愛をあげるからっ」


ふわりと赤髪に触れると、予想通りの触り心地。
この人の全ては、私のモノなんだと思った。


「…名前、君はまた」


目の前で涼太が呟いた。
その表情は、今にも泣き出しそうで。


「俺は、やっぱり『代わり』なんスね」


一粒、涙が髪色と同じ瞳から落ちた。