昔、月は太陽と一つになりたいんだと言った。
昔、月は太陽を愛していると言った。
『君が太陽だったら、僕は月だ』
ある暗い部屋の片隅で、少年が言葉を紡いだ。
『君が明るい時を支配して僕は暗い時を支配する』
『…でも、』
『大丈夫。もともと僕は、外に出てはいけない。だったら丁度いいだろ?安心して。僕はずっと君を見守っててあげる。ずっと僕が君を愛してあげる』
少年は、微笑んで言った。
―さて、これはいつの話だっただろうか。
これは、昔話だっただろうか。
‐‐‐‐‐‐
「名前」
「あ、辰也くん」
家の廊下で名前を呼ばれて振り返るとそこには、辰也くんの姿があった。
「あれ、涼太は?」
「それが、今探してるんだ」
「そうなんだ。そういえば、体大丈夫?あいつには、きつい仕置きをしといたから」
辰也くんの言葉に誰のことだかわかった。
きつい仕置きって…
まさか。
「…まさか、『あれ』を出したわけじゃないよね」
顔が青くなるのが、自分でも分かる。
「そんなことしたら、たとえ辰也くんでも怒るからね…!」
「…俺が、名前の嫌がることをするはずがないだろう…?」
「そう、だよね。うん、ごめん」
さすがにそんなことは、しないか。
「じゃあ、私行くね」
「うん」
私は辰也くんに背を向け歩き出した。
「………辰也様」
じろり、声をしたほうへ向くと花宮の姿があった。
「おい、絶対『あれ』を出しただろう」
「…何を言ってるのさ。当たり前だ。あの子には、それが一番効くからね」
「なっ!!だったら嘘をついたのか」
「…それが何?」
花宮が拳を握るのが分かった。
「あいつを、傷つけたら承知しねえからな」
「分かってるよ。今は亡き『花宮家』のただ一人の君」
辰也は、花宮にそれ以上何も言わずに離れた。
「……俺は、どうせ除け者だ」
唇を噛みしめたことにすら気づかなかった。