カタン…、
ふと、誰かが襖を開ける音がした。
「…名前、」
誰かが私の名前を呟く。
そして誰かが、頭に手を乗せた。
それは、ひどく優しい手つきだった。
ふわり…
その人から香る匂いが、とても懐かしさを覚える。
古い木の香りに、少し腐臭と血の匂いが混ざっている。
とてもとても、懐かしい。
「名前、」
はっきりとした声音で私の名前が呟かれた。
「…もう、名前は囚われなくていいんス。君の前に立ちはだかるものも邪魔なものも全部ぜーんぶ、俺が壊してあげるっス」
「……ん、」
「俺が全部壊してあげる。俺が名前だけを守る。だから、だから…俺は、『代わり』なんかじゃない」
……『代わり』?
その言葉、聞いたことがある。
誰の『代わり』なの?
「名前を化け物なんかにやらない。赤司っち達にも渡さない。辰也っちにも渡さない。名前は、俺のもの。俺だけのものっス」
なんて、深い愛の言葉なのだろう。
なんて、重い愛の言葉なんだろう。
いつか、それが重りになるのだろうか。
「…もう、俺はあんな思いしたくない…っ」
涼太は変だ。
私の知らないことをたくさん知っている。
先日の5人組だってそうだ。
それが、たまにずるいと思う。
「(…起きたいのに、目が開かない…まるで、開けるのを拒んでいるような)」
「でもね、名前。俺だってわかってるんスよ。壊したらだめだって。あの、化け物を殺しちゃだめだって。頭では、分かってる」
ねえ、なんでそんな泣きそうな声なの。
「だって、あの化け物は、曲がりなりにも名前にとっては大切なもので。松奏院にとっても大切なもので。俺にとっても、なくてはならない存在だ」
ねえ、なんで震えた声なの。
「あいつがいなきゃ、『存在していなきゃ』だめなんだ。知ってる、知ってるんス。じゃなきゃ、俺も『存在していない』ことになる」
涼太をこんなにさせるなんて、**は、悪い人だ。
「…でも、いつか壊すんだ。壊して壊して、みんな壊しちゃえばいい。そうすれば、きっと許してくれる。太陽も月も許してくれるはずっス」
ああ、なんで太陽と月は届かない場所にまで昇っていってしまったんだろうか。
あんなに高ければ、捕まえられないじゃないか。
「…ああ、もう。こんな下種な血、なくなればいいのに。消え去ればいいのに。純粋な血が良かった…!!」
その始まりは、一対の少年と少女からだった。
「(…もう、忘れ去られた話だけど)」