櫻籠り哀歌

僕に愛を下さい

そこは、重苦しい気配で包まれていた。
血の匂いと腐臭が蔓延するそこで、名前はずっと閉じ込められていた。


こつん、こつん


「……今吉と辰也の次は、君かな。涼太」


何度、この部屋を訪れても慣れない匂いに吐き気がする。


「お久しぶりっスね」


「そうだね。久しぶりー何年ぶりかなー。んー、あれは名前が12歳のときだから5年ぶり?」


「…よく覚えてるっスね」


「あはは、知ってるよ。覚えているよ。だって、名前と過ごした日のことだもん」


臭い、臭い臭い。
嫌い嫌い嫌い。
この場所は、負の感情が呼び起こされる。


「……っ、もう、名前を苦しめるなよっ」


「?どうして?」


「名前がアンタに囚われてるのを見るのは、もう真っ平だ」


「……ふふ、ふは、あはははははははははは」


「っ!」


高い声を出して笑う、そいつに頭に血が上る。


「だーめ。それじゃあ、僕の楽しみが消えちゃうじゃなーい」


「っ、てんめっ」


「忘れるなよ、涼太」


不意に、真剣みの帯びた声に身体が強張る。
初めて聞く声で、びっくりした。


「名前は、お前のじゃない。僕のだ。今はただ、お前に貸しているだけ」


「っ!」


「お前は、ただの『僕の代わり』だ」


姿かたちも見えない彼に怒りが抑えられない。


「っ、化け物のくせにっ」


「あはは、化け物だって?それは、違うよ涼太」


チャリ…


鎖が動く音がした。


「ああ、もう。鎖が邪魔で君の近くにいけないや。…こればっかりはしょうがない、か」


「……」


「……君が『太陽』だとしたら、僕は『月』だ。君とは正反対の位置にいる」


低い、声が俺の脳髄を麻痺させる。


「っ、知ってる」


「いーや、知らない。君はただの僕の『代わり』。君は、本当は…――」


「やめろっ!!!!!!!」


自分でも、大きな声を出してしまったと思った。


「…、ねえ、涼太。君に一つ面白い話をしてあげる」


「なんスか」


「僕は、生れ落ちてすぐに『ここ』に繋がれた。『ここ』は、僕の全てだ。だから誰にも触れさせないし、踏みにじらせない」


「それが、どうしたんスか」


こいつは、いったい何の話をしている?
どこが面白い話…?


「だから、気をつけて。君は黒には負ける。『ここ』は、僕の場所だからね」


黒には、負ける…?


「っ、!黒子っちを知ってるんスか!?」


「あはははは、もう面白い話は終わり。じゃあね、涼太。次来るときは、名前もよろしくね」


ガチャンッ


その、重苦しい部屋の戸は、閉じられたのだった。