私は、『それ』がなんなのかはよく分からなかった。
だけど、私の狭い世界には、私と『それ』しかいなかった。
ときどき鳴り響く、鈴の音に何度、死にたいと思ったか。
身を引き裂くような思いを何度したか。
鈴の音の原因は、『それ』だと分かっているのに、私は『それ』を憎むことが出来なかった。
『大好きだよ、名前』
ぺろり、と頬を舐められる。
たった今、鳴り終わった鈴の音に、身体が思うように動かない。
『愛してるよ、名前』
ぶつり、
『いっっ…!!!!っう、ああああっ!!!』
首筋に何かが刺さる。
血を吸われているのは、分かっていた。
『君を、血の一滴まで愛してるよ』
口から垂れている私の血に、何故か泣きたくなった。
『君は、僕から逃げられない。覚えておいて、名前―――』
‐‐‐‐‐‐
「うっ、ああっ、」
「名前!!!」
乱暴に玄関を開ける。
すると、奥の方から母さんと父さんが出て来た。
「…涼太?どうしたの…って、名前!?」
「そうか、『鈴の音』か…」
母さんは慌てて、真っちを呼びつける。
父さんは、少し表情を崩して名前の顔を覗いた。
「っ、父さん、どうにかしてくださいっス」
「…ごめんな、涼太。こればっかりは、俺にもどうすることも出来ない。これは、名前の問題だからな」
眉を下げる父さん。
そうだ。
これは、父さんでは解決できない。
あの、化け物――
「っ、名前っ、涼太!!」
「真っち!!」
「……とにかく、部屋にやるぜ」
「っス!」
名前を真っちに預ける。
そして、俺は二人に背を向けて、離れの部屋に向かった。
「………、ムカつくっ」
嫌いだ。
俺の名前を苦しめる化け物なんて。