はじかれた手を見つめる青峰。
それは、今までに感じたことがない名前からの拒絶だった。
「っ、鈴の音っ、名前、大丈夫っスか!?」
鈴の音は、涼太にも聞こえていたらしい。
そりゃそうか。
私たちは双子。
そして、松奏院家だ。
「うっ、いた、い…」
―――チリン…
まただ。
その音は、神経を蝕む音。
何度、聞いてきたことか。
「帰る、帰りたい、涼太兄さま」
久しぶりに名前にそう呼ばれた。
懐かしい。
「うん。帰ろう。俺たちの家に帰ろう名前」
お姫様抱っこをする。
目の前にいる青峰は、自分の右手を見て放心状態だ。
「……もう、あんたたちのことなんて思い出さないっスよ。名前は」
その瞬間、涼太は術を使い霧のように消えた。
‐‐‐‐‐‐
―――チリン、チリン
「あははっ、いい音だね。この鈴の音は」
ある暗い部屋。
よく見ると鉄格子で遮られてる中に、一人男性がいた。
「やめろって言うてるやろ」
「…あれ、今吉だ。何しにきたの?」
「その『鈴の音』が聞こえてきたからや。その音は、名前お嬢様を蝕む」
「うんそうだね。この音のおかげで、彼らのことは思い出せない。この鈴の音のおかげで名前を『松奏院』につなげておけるんだもんね」
あはははと笑う青年。
その姿に今吉はため息をついた。
「その鈴は、君しか扱えないからね」
「辰也様っ、すまんの。俺が監視出来へんかったから」
「いいよ。今吉。名前には、たまには現実を知ってもらわなきゃだからね…それでも、君の気まぐれで鳴らされると困るよ。俺と涼太も反応してしまうんだから…」
暗い部屋のせいで青年の表情は見えない。
「ごめんね、辰也。僕には『これ』しか楽しみがないからさ…」
「名前を『ここ』に閉じ込めていたときには毎日と言うほど聞かされていたからね」
「あはははっ!だって、あの子の苦しむ表情が大好きなんだもん!この音は、名前にだけ苦痛を与えられることが出来るからね。あはははは」
「ほんと、いい趣味してるよね」
「お褒めの言葉ありがとう、それで?食料は?」
すると、どさりと鉄格子の中で音が聞こえた。
その瞬間、部屋に腐臭が漂う。
「うっわあ、まずそう…」
「ごめんね。今手配できたのが、3人しかいなくてね」
「しかも、じじい一人にあとは、子供2人かよ」
そして、響き渡るのは、肉を食いちぎる音と骨を砕く音。
漂う血の匂いに吐きそうになる。
「じゅるり…はあ、また名前、『ここ』に来ないかなー…そうすれば『食事』もおいしくなるのに」
辰也は、青年を呆れた目で見る。
「………君は、2回もおいしいところを持ってったんだから、我慢しなさい」
「分かってるよ。僕は、名前無しでは意味を成さないのだからね」
そこにあるのはただの、恐怖と虚無だけだった。