カタン、
玄関の方で音がした。
「…おかえり、テツヤ」
「っ、赤司、くんっ…」
目の前に赤司くんがいてびっくりした。
気づかれてないと思っていたのに。
「…どこに行ってたんだい?」
「ちょっと、散歩に」
気づかれてるだろうが嘘をついた。
「…そう。今回は許してあげるよ」
「…何が、ですか」
「さすがに気づくよ。よほど近くにいたんだね。姫様の桜の匂いがこびりついてるよ」
「っ!!!」
そうだ、名前は強い桜の匂いがする。
消しておけばよかった。
「…姫様と逢う、なんて許可出していないはずだけど」
「これは、僕の勝手で行動しました」
「…そう。けっこうテツヤってひどいんだね」
ピシリ…
近くの窓にひびが入る。
「僕がどれだけ、どれだけ我慢してるか知ってるくせに、お前は意図も簡単に逢いに行くんだね」
「うぐっ」
赤司くんに首を絞められる。
苦しい。
爪が立っていて、余計苦しい。
「血が繋がってるからって、僕よりも深い絆があるからって調子に乗るな、テツヤ」
「っ、あ、かし、くん…」
「姫様は僕のだ。何人たりとも触れてはならない、侵してはならない存在だ。僕の唯一の、唯一の姫なんだ」
どんっ
乱暴に手から解放される。
その拍子に、床に強く倒れてしまった。
「げほっ、…赤司くん。僕らは、名前の従者です。名前に選ばれるまでは対等な立場です。そして僕は『黒子家』だ。僕は、『特別』なんです。君にも分かっているはずですよ」
「……ちっ、そんなこと知っている。嫌と言うくらいにな」
「僕もです。嫌と思うくらい知ってます。自覚してます」
僕の血に細胞に植え付けられた生々しい記憶。
『君に、黒子家に"業"を与えよう』
それは、"業"と言う名の"鎖"で。
永遠を松奏院家に縛られる。
「赤司くん、僕は知ってるんです。自覚してるんです。名前には決して触れてもいけないことも。想うことも。それでも、僕は願い続けるんですよ」
「…テツヤ、」
「君達をどれだけ羨ましいと思ったことか。僕は決して訪れることのない夢を願って想い続けるんですよ」
それは、『黒子家』に生まれた者の宿命だった。