櫻籠り哀歌

放たれる違う匂い

名前の後姿を見送る今吉。
そこにスッと霧のように辰也が現れた。


「それで、名前はどうだった?」


「ああ、辰也様。あれは、何か隠しよるな。名前お嬢様の嘘はホンマ、分かりやすいわ」


「やっぱり。夜中に何かあったんだね」


「それが妥当やろうね」


辰也は、横の壁におっかかる。
そして、腕を組んだ。


「それで、どうしてそんなことを思ったんや?」


「ん?ああ。さっき起こしに行ったときに“違う匂い”が名前からしたからね」


「"違う匂い"?はて、なんやそれ」


「言うなら、俺たち以外の匂いがしたんだよ」


そう、あれはどこかで嗅いだことのある匂い。


「まあ、名前を俺の元から奪おうとするやつなんて死ねばいいんだよね」


「そうやな」


そのとき、奥の座敷の方から廊下を走る音がした。


「辰也くんたち!朝ごはんだよ!」


「ん?名前、廊下は走るなと言われてるでしょ?」


「だって、辰也くんたちに早く知らせたくて…」


辰也は、優しく微笑み名前の頭に手を乗せる。
そして、二度優しく撫でた。


「ありがと、名前。今行くよ、ね、今吉」


「そうやね」


「うん、待ってる!」


ふわりと笑う名前。
そして、胸あたりまで伸びている黒髪を揺らしながら戻っていった。


ああ、何度その笑顔を自分のものにしたいと思ったか。
何度、君に焦がれたか。
あの日から、君だけを思って生きてきたのに。


「…名前に呼ばれたんだ、行こうか」


「はい」


全ては、君を俺のものにするためだった。