あれは、いつの話だっただろうか。
『…ねえ、名前』
『あ、辰也くん!』
縁側に座っていると、後ろから辰也くんに声をかけられた。
『ねえ、名前。俺のお願い聞いてくれる…?』
『なあに?』
辰也くんは、ぎゅっと後ろから抱きしめてきた。
ふわりと、優しい香りがした。
『…俺のそばにいて。ずっと、一生俺のそばにいて』
『辰也くん、どうしたの?』
すると、彼は、小さくごめん、と呟いた。
『お願い、俺を選んで。俺だけを見て』
辰也くんは、泣きそうな声で言った。
そんな声はやめて。
私は、涼太と結ばれなきゃならないのに。
『ごめんね、名前。ずっと前から愛してた』
ああ、もうそんな言葉を出した辰也くんの表情を忘れてしまった。
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「名前」
「んっ、」
「名前、朝だよ」
「…た、つやくん…?」
私を優しく揺するこの感覚は辰也くんだ。
「うんそうだよ。ほら起きて。学校に行くんだろ?」
「行く」
「ふふふ、ほら早く着替えて来な」
「はーい」
のそりと起き上がり、目をこする。
…なんかちょっと寝不足かも。
「そういえば、今日だったんだもんね」
そう、あの空色の髪の毛の彼との逢瀬。
廊下に出てみると、やっぱりいないか。
「あ、名前お嬢様」
「今吉さん、おはようございます」
「おはようさん。名前お嬢様、聞きたいことがあんねんけど…」
「…なんですか?」
今吉さんの細い目に少し、冷や汗が流れる。
「夜中、外のほうに出てはったりせえへんやな?」
ぎくり
バレてはいけないぞ、名前。
「何のことですか?今吉さん。私はずっと部屋で寝てましたよ?」
「そないやったらええよ。引き止めてすまんなあ」
「いえ」
私は、今吉さんにこれ以上探られないためにそそくさと居間へと向かった。