ハッピーバレンタイン ■しおりを挿む
「あ……中身が出てしまいましたね」
俺に投げられた鞄を見守っていた怜兄がポツリと呟いて、おもむろに踵を返す。
暢気にぼんやりと立ち尽くしていた俺は、慌てて怜兄の肩を掴んだ。
「ちょ、怜兄! 待って!」
「大丈夫です、和真くん。僕に任せてください」
小さく首を傾げてにっこりと微笑んだ怜兄は、持っていたほうきを俺に押し付けて落ちた荷物に駆け寄る。
そして、よりによって真っ先にスーパーの白い袋を拾い上げた。
こっちに背中を向けているから表情はわからないけど……きっと中身は見えているだろう。
手当たり次第に買ってきた、どう見てもバレンタインチョコの材料って中身が。
「これ、もしかして……」
怜兄は袋を持ったままポツリと呟いて、パッと俺を振り返った。
どうしよう。
とりあえず、怜兄に渡すってことだけはバレないようにしないと。
「あ、あの、怜兄。それは」
「逆チョコですか?」
「へっ?」
「女の子に、手作りチョコをあげるんですか?」
逆チョコ。
女の子に手作りチョコ……。
…………それだ!
「そ、そう! 実はそうなんだっ」
俺は高速で何度も頷いて、怜兄の手にあるスーパーの袋を取り戻しに向かった。
ひとまずごまかすことはできたけど、好きな女なんて存在しないから何か訊かれでもしたら困る。
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