ハッピーバレンタイン

しおりを挿む



「…………うん、ただいま」


 無視すると前に回り込まれるから渋々返事をすると、視界の隅に映る怜兄が嬉しそうに笑う。

 その微笑みがすごく綺麗で、俺は熱くなっていく顔を少し俯かせた。

 実を言うと俺──藤堂和真(とうどう かずま)は、およそ一回りも年上の怜兄に惚れている。

 かなり年上の、それも男が相手なんて気の迷いだ……と言いたいところだけど、これが確実なのだから救えない。

 最悪なことに、いつか性的な意味で抱きたいとまで思っているし。

 ついでに四日後のバレンタインデーには、チョコを渡して告白しようと思ってたり。

 さっきスーパーで材料を買ってきたから、明日と明後日でどうにか作らないと……。


「和真くん?」

「うわ!?」


 いきなり近くで呼ばれて我に返った俺は、至近距離にある怜兄の顔に驚いて、手提げの鞄をうっかり投げてしまった。

 鞄は空中に弧を描いた後アスファルトに叩き付けられ、だらしなく中身を溢してしまう。

 しかも、当然だけど、さっき入れたばかりのスーパーの袋が積極的に飛び出ている。

 あの中には、怜兄に渡すチョコの材料が入ってるのに!

 ちなみに製品じゃなく材料である理由は、単にバレンタインチョコ売り場に行くのが恥ずかしかったから。

 製菓用の割れチョコやナッツ類なら、普通の製菓材料コーナーでも売ってたんだ。

 パティシエに手作りチョコを渡すなんて無謀な気がするけど、買えなかったんだからしかたない。




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