雪見温泉

しおりを挿む



「正太郎、ここは足元が危険です。手をこちらに」

「あ、うん……」


 アルが恭しい動作で手を差し出してきた。

 僕がその上に手を置くと、アルの碧い目がスッと細まると同時に薄く形のいい唇が弧を描く。

 ずるいぐらいにかっこいい微笑みは、この大きな駅の中で多数の人間を魅了しているだろう。

 僕はアルに優しく手を引かれながら、ホームと車両の間の隙間を跨いだ。

 何てことない、電車に乗るときに誰もがやる動作だ。

 特に大きく隙間が開いていたり段差が激しいというわけでもないのに、背中にまで手が添えられる。

 こんな感じで、今日のアルはいつにも増して僕を甘やかす。

 これじゃあまるでお姫様だ。

 王子様みたいな見た目のアルだから、余計にそう思えてくる。


「こちらの座席ですね。正太郎は窓際の席へどうぞ」


 アルがチケットと座席の番号を照らし合わせて、二人分の鞄を上の棚に乗せた。


「うん。アルは通路側でもいいの?」

「私は正太郎をいつまでも見ていたいので、通路側がいいのです。正太郎のおまけに、景色も一緒に見られるのですから」


 窓際を譲ってくれるって予想はしていたけれど、アルもきっと景色を見たいはず。

 そう思って訊いてみたのに、景色を僕のおまけ扱いするなんて。

 アルは絶対に馬鹿だ。


「もう……」

「ふふ。さ、どうぞ」


 アルに促されて、僕はコートを脱いで特急の指定席に座った。

 二人分のコートを丁寧に畳んで仕舞ったアルも並んで座ると、一気に旅の気分になる。




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