君の名前を書きたくて

しおりを挿む


 ゆったりと流れる管弦楽。コーヒーが白いカップの中で湯気を立てている。

 私の一日は、数種の新聞紙のチェックと陽平が作る朝食で始まる。


「アルブレヒト様、本日のご予定はいかがなさいますか」


 フレームレスの眼鏡の奥にある切れ長の目は、髪と同じ黒色。

 どれだけ蒸し暑くとも毎日細身のスーツに身を包み、ボタンをきっちり一番上まで留めた上に一滴の汗もかかない姿は、涼やかを大きく通り越してもはや寒い。

 学生時代のニックネームがサイボーグだった本人曰く、きちんと汗はかいているらしい。

 死ぬまでに一度は、汗だくで駆けずり回る陽平を見てみたいものだ。

 きつい印象を与えがちの容姿だが、実は情に厚い…なんてことはなく、本当に陽平は冷たくきつい男だ。

 私たちがまだ学生だった頃、陽平を襲おうと彼の飲み物を酒に変えた男が、逆に酔い潰された上に心を折られたと噂で聞いた。

 私は恐ろしくなって詳しい内容を聞けなかった。

 そして、顔も知らない男の幸せを心から祈った。


「アルブレヒト様、ご予定を組み立てられないのでしたら、私が漢字の書き取りという素晴らしい課題を出して差し上げましょう」

「っ…、ちょ、ちょっと待て」


 “漢字の書き取り”に拒否反応を示した私は、コーヒーが気管に入りかけるという失態を演じてしまった。


「今日は学校へ行ってみる。昨日話しただろう?」

「ふふっ…覚えていますよ。あらかた、つまらないことでも思い出しているのだろうと思ったので、冗談で目を覚まして差し上げたんですよ」


 陽平は涙目になった私の背を擦りながら、口の端を軽く吊り上げた。当然目は笑っていない。

 “ドS”って、陽平みたいな男のことを言うんだろう?



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