雪見温泉 ■しおりを挿む
耳元で囁かれた台詞に照れる暇もなく、耳朶に少し温かくて柔らかいものが触れた。
それと同時に小さく聞こえた、チュッというリップ音。
それを意識した途端、僕の耳はみるみるうちに熱くなっていく。
きっとマラソンをしている時みたいに真っ赤になっているはずだ。
「あ、あ、アル……っ」
「ふふ……。これでも、我慢しているのですよ」
訊くまでもなく唇にキスをしたかったんだろう。
それはわかるんだけど、だからって囁いたついでに耳にキスなんてずるいよ!
僕は熱い耳を冷ますために、駅弁と一緒に買ってきた冷たいお茶のペットボトルを袋から出した。
ほっぺや耳に軽くあてると気持ちいい。
「あ、列車が動き出しましたね。正太郎は寒くありませんか?」
「誰かさんのせいで、暑いぐらい……」
上がった熱を力に換えるつもりでペットボトルの蓋を捻る。
いい音を鳴らして開いたそれを一口飲むと、少しほてりが引いてくれた。
「アルも飲む?」
「ええ、いただきます」
ニコニコとご機嫌で僕を眺めているアルにペットボトルを渡す。
いちいち紙コップなんて用意していられないから直接飲んでいるんだけれど、アルにはお茶のペットボトルが合わない。
なんか、明らかに洋風なアルに渋い書体の商品名は浮くっていうか……。
そんなことを考えながらぼんやりとアルの手元を眺めていると、特急電車はあっと言う間に郊外に出た。
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