君の名前を書きたくて ■しおりを挿む
生徒となった私と校内で鉢合わせし、さらに会話が弾む場面など想定していないはずだ。
あってもすれ違い様に挨拶程度。
私ですら、もし校長と話すことがあっても電話越し、もしくは学校の制服を着ていない時に理事長を交えて、だと思っている。
「今の話し方ですと、杞憂だとは思いますが…私としては少々不安が残るのです。 先生は顔に出やすいタイプのようですから、今から慣れていただきませんと」
しかし、陽平の杞憂に言い返せるだけの度胸はないのだろう。
彼の額の汗が増えていく。
あぁ、校長が気の毒でならない。
視線を陽平へと移すと、眼鏡の奥の瞳が若干生き生きしているように見える。
この鬼畜め。陽平も私と似たような想定をしているくせに。
まぁ確かに、陽平の指摘にこれだけ動揺されては不安にもなってくるが。
だが、あまりにも気の毒すぎて、私は助け船を出すことにした。
「校長、どうか無理をなさらないでください」
「…!そ、そう、だね。あまり校内で話すこともないで…だろうが、何かあったら事務室から室長を通して連絡してきて…くだ、さい」
「ふふ、私もそのつもりです。直接お話するのは、理事長やこの牧野もいる場で、でしょうしね」
ハンカチで忙しなく汗を拭い始めた校長は、私の想定が自分のそれと近いことに気付いて表情を少し和らげた。
「では書類は後日、編入の日に担任の先生にお預けします。本日はありがとうございました。 これから図書室を見せていただいてから勝手に帰りますので、ここで失礼致します」
「は…、はい、気を付けて…お帰り、なさい」
これ以上話すことも特にないので、彼の平穏のためにも私は早々に話を切り上げて校長室を出た。
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