君の名前を書きたくて ■しおりを挿む
これまで、この時間に使われていない施設を回ってきたがどれもしっかりしていて、この学校の生徒がいかに恵まれているかがわかった。
ここならば、もしかしたら何かを得られるかもしれない。
「早苗様からお聞きしましたが、アルブレヒト様はこちらで恋人をお探しになるとか」
何の脈絡もなしにいきなり変な話題を出されて、思わず陽平を睨み付ける。
「お祖母様の言うことを真に受けるな。私はそんな不純な動機でここに来たのではない」
「おや…。ですが、早苗様はうちの祖母にそれは嬉しそうに語っておいででしたよ」
「それはお祖母様の願望だ。私はあくまで、どうせアジア方面を任されることになるから、と決意したんだ。 あの話は確かに素敵だと思うが、私を女漁りが趣味のろくでなしのように言うんじゃない」
何故私は弁解に必死になるような立場に陥っているんだ。
そもそも、恋なんてしようと思ってできるものではないだろう。
お祖母様の言葉を借りるならば、恋に落ちた瞬間というのは胸を撃ち抜かれたような衝撃が走る、または“ビビッと来る”らしい。
“ビビッと来る”はイメージし難い表現だが、恋をしたことがある人間にはそれがわかるのだろう。
今まで私を恋人にしたいと言ってきた人間の中には、私にそういう気持ちを抱いた者がいたのだろうか。
容姿や家柄を見て近付いてくる女が特に多かった。
なんて恋愛はくだらないことなんだ、と思っていた。
もしも私がお祖母様の願望通りに、自分の全てを捧げても幸せにしたい、護りたいと思える人間に出会えたら。
恋愛は素敵なことだと心から思えるようになるだろうか。
「到着しましたよ。ここから入ると、生徒たちに見つかることはないとのことです」
スチール製の扉を開いた陽平に中へと促されて、頷いた私は室内に足を踏み入れた。
大きなアクリル板によって全体が見渡せるようになっているそこは、学校見学用の場所らしい。
狭いスペースに椅子が数脚と、運動施設案内と書かれたパンフレットがあった。
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