閑話*ある晴れた平日 街中編 ■しおりを挿む
◇たまたま Side陽平
本選びに没頭していた俺は、ふと思い立って腕時計を見た。
確かこの時間は…。
個人的に買う本と、アルに頼まれていた本を別会計にして発送の手配をすると、俺は店を出てタクシーで琳の予備校の最寄り駅に向かった。
もうすぐ、琳が来るはずだから。
駅前のベンチに座っていると、俺とあまり歳の変わらない人間が結構通る。
カラオケに行くだの飲みに行くだの、学生らしい奴らばかりだ。
時折、俺を見てはしゃぐ女のグループに微笑みかけてやりながら、琳の方が喜び方が可愛いな、と冷静に思う。
彼らから見て秘書の姿の俺は、いくつぐらいに見えるんだろう。
「…あっ!」
そんな人混みの中から、突如綺麗な銅色の髪が現れた。
俺が周囲を注視していなくとも声を上げて知らせてくれる辺り、琳らしくて安心する。
「こんにちは」
「こん、にちは」
瞠目した琳に隣を示すと、傍らにいた友達らしき男と二、三言交わした後、素直にこちらに来て座った。
今日は寝坊したのか、髪にはワックスの類が付いていない。
「どないしたん、こんなとこで」
「たまたま通りかかったら、ちょうど琳が来ただけだよ」
「通りかかって…座ってたん?」
「うん、すごい偶然だね」
「へへ…ほんまや」
俺の適当な嘘に納得した琳は、俯いて嬉しそうにはにかんでいる。
それで納得できるなんて少し心配になるけど、俺に会えて嬉しくて深くは気にしていないんだ、と良い方に解釈しておこう。
「どうぞ」
「ココア? どないしたん」
「たまたま間違って買ったんだ」
コーヒーを取り出して飲むと、琳は納得してココアの缶を開けた。
「ん、おいし」
「たまたま、ちょうどいい温度だね」
「ほんまや!俺、猫舌やのにすぐ飲めるわ」
琳は一気にココアを飲み干した。
ここまで“たまたま”を信じるなんて、バカすぎて逆に可愛い。
そんな琳を観察していると、缶を捨てた後おもむろに鞄からなにかを取り出して食べ始めた。
「おにぎり…?」
「うん、なんも食べてへんかったから、お腹すいてるねん」
ココアのすぐ後にご飯って…琳なら平気なのか。
俺は美味しそうにおにぎりを頬張る琳を、どこか愛しく思いながら見つめた。
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