あっけなく噂が下火になり、ホグワーツの女生徒のほとんどはナマエ・ミョウジを『無害』とみなしたらしい。逆に言づてを頼まれたり(「いつもあなたを見ています」だとかなんとか)、手紙を預けられたり(主にラヴレターというやつ)するようにさえなった。まあ、こういった例は一概に可愛いものだ。
しかし中には例外もいる。
ちょっと席を離した隙に、教科書の上に載せられていたこれは、これは、これは……(フェード・アウト)
「おい、ナマエ?」
急に声をかけられ、気づけばシリウス・ブラックが相当な至近距離に立っていた。なんだか眠たげに目を擦っている。午前の授業では姿を見なかったのに、何というタイミングの悪さだろう、とナマエはチッと舌を打った。
「こんな場所で何してんだよ」
「ミスター・ブラック、今は、わたしに話しかけてくれるな!」
「えっ、ちょ、えぇえええええー……」
走り去ってゆくナマエを見送るシリウスは、軽くショックを受けていた。女の子に話しかけるなと拒絶されたのは、生まれて初めてだったのだ。親友であるジェームズ・ポッターに意見を求めようと振り返ると、そこにはいわく愛しの君のリリー・エヴァンズが立っていた。
割れたメガネと床の血痕から、シリウスの脳内で
ジェームズのみぞおち + リリーの殺人的な蹴り = スローモーションで崩れ落ちるジェームズ
という式が即座にできあがった。
「ちょっと、あなたたち魔法薬学の授業をサボったわね!それにリーマスはどうしたの?」
「やあリリー……リーマスはね……ゴフッ(吐血)」
「また何かやったんじゃないでしょうね?」
「いやあのな、リーマスはアレだ。ほら――具合が悪いってんで、寮で寝てる」
ジェームズをがくがくと揺するリリーをなるべく視界に入れないようにしながら、シリウスがそう答えた。そして、今しがた受けたショッキングな出来事について彼女に尋ねてみることにした。
「なあ。俺、ナマエに何かしたっけ」
リリーは「やれやれ」とでも云いたげにため息を吐く。ジェームズは動かなくなっていた。
「気づいてないの? あの子、四六時中女子に付きまとわれてウンザリしてるのよ」
「それって俺のせい?」
「他に誰のせいだって云うのよ」
掌をパンパンと払いながら、リリーはきょとんとしているシリウスを睨みつけた。シリウスには本当に、何の覚えもない。むしろ宿題を手伝ってやったり荷物を運んでやったりと、なんて優しいんだろう俺って!と思っていたくらいだった。
「……ていうかジェームズ血まみれだけど、大丈夫かよ?」
「平気よ。しばらく何も食べられないでしょうけど」
一難も去り切らぬうちに、また一難。
9. Mint Morning