慌ただしい朝の空気がとりまく小さなキッチンで、それでも彼女の周りの時間だけはゆっくりと流れている。もたもたとトーストを口に運ぶマリゴールドを、リビングからリーマスが急かす声がする。
久々によく眠れたシリウスは、黄色い日差しにぼんやりと目を細めた。なんとも平和だ。すばらしい。朝から一杯やりたいくらい。彼の幸福のフィルターにかかれば、マリゴールドの髪についた寝癖すら美しく見えた。
「It's a beautiful day, the sun is……」
「シリウスやめて。それ最後に哀しくなっちゃう」
12.しりたがりのてがみ
気持ちよく歌い出したところで気分をそがれたので、新聞をとりに玄関へ向かうことにした。ソファの脇では、リーマスが書類を引っかき回して何かを探してい る。普段から整頓をしないから、そういうことになるのですよ。穏やかなスマイルを向けると、あからさまな舌打ちが飛んできた。低血圧め。
郵便受けから落ちたDMの中に、おなじみのオレンジ色の封筒が紛れている。ああ、もう週末か。ゆっくりと拾い上げながら彼女の名を呼ぶ。
「おい、マリゴールドー?」
「はーあいー」
「手紙来てるぞ」
マリゴールドは紅茶の入ったマグを持ったまま、更にまだ口をもぐもぐさせながら現れた。
「どうもありがとう」
「今読むか?」
「読む」
シリウスは彼女がもてあましているマグを無言で受けとり、またキッチンへ戻った。
ちらりと盗み見た横顔はたいそう嬉し気で、それはどことなくシリウスの心を寂しい気持ちにさせた。そういえば手紙なんて、何年書いていないのだろう。学生時代はバカみたいに毎週受け取っていた気がするけれど。
妙な感慨に浸っていると、小さな背がシリウスをぱたぱたと追い越していった。
「早いな。おまえのママ、俺に何か書いてた?」
「うん。よろしくどうぞって」
「ああそう。他には」
「……うーん、あたりさわりのないこと?」
いろいろと尋ねたいことが飛び出しかけたが、背後からリーマスが「ちょっとシリウス、マリゴールドを喋らせないで!急いでるんだってばもう!バカ!」と罵ってきたので黙った。低血圧男は朝から辛辣でこまる。
何気なく手にしたままの紅茶を飲むと、暴力的な甘さが口の中に広がった。
「……しかもなんかジャリジャリすんだけど」
あまり砂糖を入れすぎないよう云っておかねば。