marigold | ナノ



アルコールと、冷めてゆく料理と、それから甘ったるくてふわふわした光。ほんの少しの煙草の煙。
電飾にかけられている色紙のせいで目の奥がチカチカする。ぴったりとドアを閉じているのに、こめかみの上あたりを鈍重なベース音が刺激する。ノブにつるされた緑色のピエロが不気味に揺れた。
Rubbish. ひどいトイレだ。


9.おきにめすまま


「ちょっと君!そこに永住する気かい?それとも薬でもキメてんの?」

やたらとリズミカルに叩かれる扉を見つめながら、再度、ひどいトイレだなあとシリウスは思った。まるでヒッピーの車の中みたいだ。
唯一の相違点といえば、草の匂いがしないことだろうか。

「もう完全体になってんのかよ……。嫁に殴られても知らんよ俺は」
「わはは!そっちこそ、ガサ入れがきたら他人のフリするからな!僕は!」

なんでこいつ、おっさんなのにこんなに元気なんだろう。
激務明けの少々グロッキーな脳がたたき出すのは愚問のみである。世に二種類の、つまりパーティに対して異常なほど執着する人間と、そうでない人間がいるとする。もちろん自分は後者に分類されるとシリウスは思っている。たいていの大人も同様だろう。しかし彼はちがう。
ジェームズ・ポッターその人は、筋金入りのパーティ至上主義者なのである。

「あらあ、シリウス来てたの」
「来てたのって……。リリーおまえ」
「お仕事あったって聞いてたから、ごめんなさいね。食べ物足りてるかしら? 何か飲む?」

それよりも、旦那のアルコール消費量の方が問題ですよ奥さん。あいつ外にあるワイン6箱ぜんぶひとりで吸い込むよ。
ゴチャゴチャと飾りつけられたポッター家の廊下をながめながら、シリウスは『パーティに出遅れることの孤独感』というやつをひしひしと感じていた。まだ始まって間もないというのに、空気が高揚しきっている。
ちなみに外はこれでもかというくらいの雨だ。たが流れているロックミュージックのせいで、雫が屋根をたたく音は聞こえない。

「シリウス、マリゴールドならキッチンの方にいたわよ」
「あ? うん……いや、別に聞いてないんだけど」
「さっきまでナントカっていうDJの子と妙に盛り上がっててねえ、ほら、ビルの知り合いの」
「リリーごめん、俺の話聞いてる? 聞く気ある?」

始まったばかりのパーティの夜は、長い。

 

1/4



×
- ナノ -