marigold | ナノ


鮮やかなグリーンのベンチに腰掛ける。日差しも木々の成す影でいい具合になまぬるい。小さな子供がはしゃぎ回り、やる気のなさそうなバスカーがギターを鳴らす。池の周りでは、父親と息子らしい二人がめいめい馬に乗ってゆっくりと歩いていた。
親子のやわらかい空気に、不意に息が漏れる。
シリウスは無意識に飛び出したそれを飲み込んでから、マリゴールドを見た。

「おまえさ、その……学校はどう」
「え? べつに楽しいよ。問題ないよ。どうしたのいきなり」

一瞬マリゴールドは変な顔をしたが、すぐにフフン、と鼻で笑った。

「やっぱりあなた、オッサンくさい」
「だまれ小娘」

ときどき本気で湖とかに沈めたくなる。

「座ってて。ちょっとアヒル見てくるからアヒル」

オレンジの上着をひるがえし、ぺたぺたと池に向かって行く背中を見て、また短くため息をつく。
血よりも繋がりの濃いものはあっても、血とはある種の呪縛だ。まだ引きずり出したくはない、捉えようのない寂寞感をモヤモヤと浮かべながら遠い目で池を眺める。
初老の婦人がマリゴールドに何かを手渡している。それを微笑んで受け取ると、水辺に向かって投げ始めた。アヒルにやるためのパンでももらったのだろう。
今度は長く息を吐き、おもむろにベンチに置かれていた本を手に取る。誰かの忘れ物らしい。古びてはいるが綺麗な冊子の表紙には、『どんなにオツムの弱い子にもスイスイ化学を理解させられる教本:下巻』という文字が金箔で押されていた。
読む奴の気が知れないと思いつつも斜め読みしていると、ベンチにふっと影が差す。
神経質そうな咳払いに続く、Excuse me, Sir.

「それは私の本なのですが……」
「え?あ、スンマセン」


後日談:「「あれは人生最悪の瞬間と云っても過言ではなかった」」

 

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