オレンジ色の上着をひっかけて戸口へ向かうと、「マリゴールド」と待ったが入った。
「帽子をかぶれ帽子を。飛ばないようにヒモついたやつな」
「シリウス……云おう云おうと思ってたけどさあ」
あなたオッサンくさいよね、という地雷を恐れずに踏みつけてやる。
すこぶる機嫌のよろしい時には何も恐れてはいけない。背後でしばし絶句する男を促して、温かい空気の中へ踊りだす。御丁寧に、鼻歌つき。
そんな日曜の午後。
2.かってにしやがれ
「あっハーミーだ!ボンソワー」
「……なに?フランス料理でも食べに行くの?」
「え、そうなのシリウス」
「なわけないだろ」
これから二人が向かうところは角のパブ(健全かつ値段が良心的)であって、フレンチレストランではない。
フラットメイトであると同時に料理担当のリーマスが仕事に出る日には、必然的に外食になったり、ポッター家に押かけることになる。ちょっとした理由で割のいい職に就けない彼は、ときどき近所の学生の勉強を見てやっていた。
「ねえねえ、あのオレンジくん元気?もう名前決めた?」
「クルックシャンクスっていうの。明日学校の帰りに見にいらっしゃいよ」
ふわふわと微笑んで戯れ合う少女は、実に可愛らしい。日常でささくれだった心が洗われる。
……と、こういう発想が、まさにさきほど彼女が発した中年男性を指す単語を彷彿とさせる所以なのだろうか……とシリウスは感傷的になりかけた。
危ない危ない。自ら見えないナイフで傷をえぐってはいけない。
大丈夫だもんまだ許容範囲だから、とぶんぶん首を振ると、いつの間にかハーマイオニーと別れたらしいマリゴールドが傍らに来ていた。
「あれ、彼女帰った?」
「うん。ねえ、まだ早いから公園に寄っていい?」
「いいよ」
二人は通りを大きく右手に折れて、黒い飾り門のきれいな公園に入ることにした。