marigold | ナノ



「別にママに云わなくていいのに。心配するだけだし」
「そういうわけにゃいかんだろ」

一応な、と受話器に耳をあてるが、留守電用の無機質な音声しか流れてこない。シリウスは短い溜息をついてから、電話を切った。
キッチンでは、リーマスが少し遅い夕飯の支度をしている。笑いの峠は越えたらしく、ご機嫌ななめのシリウスとは対照的に軽快な鼻歌すら聴こえる。たぶん近いうちに一連の話は全てリリーに伝わるだろうとシリウスは思った。ジェームズのことだ、息子の学校で天敵が教鞭をとっていることなど、妻に教えているわけがない。

「ウロウロしないで座んなさい。治らねえぞ」
「うーん……そうね、ちょっと腫れてきたかも」

隣に座ったマリゴールドが投げ出した足を見て、シリウスは眉をひそめた。これは痛いだろう、かわいそうに。黙ったまま患部を見つめていると、マリゴールドはもぞもぞと動いて足を引っ込めてしまった。

「なに。トイレか」
「ちがう」
「じゃあなんだよ?」
「……恥ずかしい、から、あんまり見ないで」
「え」

おい、ちょっと。なんですと。

思わず悪いことでもしている気分になって視線を逸らしたが、別にこちらが照れる場面でもなかったのだ、今のは。こどもだぞ。二回り近くも年下の女の子だぞ。バカか俺は、と脳内で自分にアッパーカットをかましてさしあげたあと、我にかえってシリウスは云った。

「……今更だろ。俺おまえのパンツとか洗濯してんだぜ?」
「ちょっと、やだ!ばか!そういうの、児童虐待になるんですからね!」

かなり不穏な言葉を投げつけて、マリゴールドは駆けて行った。ひょこひょこと変な走り方ではあったけれど。
教師に背負われて帰ってきたくせに、年頃の女の子の心境はよく分からない。しかしバカみたいだが、そこに妙な優越感を感じるのもまた事実だ。ようやっと異性を恥じらう年頃になったのか……とオヤジじみた感想を抱きつつ、なんだか柄にもなくきゅんとしてしまった自分に、

気持ちが悪くなった。

「……あ、いま俺すげえキモかった……」
「そんなの誰もが知ってるよシリウス。ごはんだよ」

 

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