marigold | ナノ



勢いよく抱きついてきたマリゴールドの膝が腹に入って、息が止まるかと思った。
でもその前に実際、止まった。呼吸が。
視界に入った小さな肩がゆっくり上下する。シャツのすぐ外側に温かく波打つ肌がある。軽く抱きついてきたり、寄りそって眠ったことはあっても、明らかに『これ』が『それ』とは別だということは頭では分かった。まあ、分かったところでどうしようもないのだが。蹴りを入れられる方がまだマシだったかもしれない。

「……おーい。どうした?」

やっとのことで絞り出した声は何とも脆弱だった。小娘に抱きつかれたくらいでうろたえるなんて、中学生か。不意打ちで驚いただけだと願う。
首を動かせば、巻きつけられた細い腕にぎゅっと力がこもった。肩によりかかる体温。さっきまで寒かったはずが、今ではただでさえやわらかい身体の熱が、すぐそばにある。

「べつに。寒くなっただけ」

リーマスなら、こういうとき、どうするだろう。
いや、そもそも相手が彼ならば彼女もこんなことはしない。己惚れるわけではないが確信はあった。

「あー……おまえアイス食ってたから」
「たぶんね」

笑ったらしい。どんな顔をしているのかは見えないが、振動だけが首に伝わる。膝に乗っかっている状態は百歩譲っても、頬を掠めるやわらかな髪の毛の、シャンプーとはまた違う微かな香りに頭がくらくらした。
巡り続ける思考の向こう側で、ラジオから音楽が聴こえている。

「ねえ、こういうのって、何だっけ。『背徳的』?」
「……一体どこで覚えんだよそんな言葉……」

テレビの影響か、例によって隣人の入れ知恵か(後者だった場合は連中の足の指をヘシ折る。ぜんぶ)。
マリゴールドは膝の上でただじっとしていた。むしろ背徳感を感じる方がおかしいような気がしてくる。でも、確かに罪悪感がないかと云えば、それは嘘だ。
それでも、こんなふうにただすがりついてくる小さい身体を押しのけるなんてできるわけがない。だからほんの少しだけ、彼女が落ちない程度に腕を回す。持て余した方の手でゆるやかに髪を撫でてみるも、いつもと感じが違って落ちつかない。
神様なんなの。俺にどうしろっての。
はやくはやく頼むから帰って来いリーマス、いや、うそです、今この瞬間には帰ってくんなドアの前で空気を読め。読んでください。


「おーい、ただいまー。マリゴールドお気に入りのショーン君を連れてきたよー」


ごめん神様。こいつは空気なんか読めねえよな。

まのぬけた声が響くなり、マリゴールドはまるで何ごともなかったように玄関へ駆けていった。すてきな電気屋さんらしき声も聞こえる。黄色い毛布がはらり、とシリウスの膝の上に落ちた。
……おいおい。おじさん今リアルにへこみましたよ。
同時にどっと安心感が襲ってきて、シリウスは目の上を手で覆う。心臓にわるかった、今のは心臓に悪かった。子供とはいえ女性であることを、もちろん忘れていたわけではないが改めて思い知らされてしまった。一度認めてしまえば、くすぐったいような気がして落ちつかない。小娘め。大人をからかいやがって。
立ち上がると身震いがした。その原因が別の何かだと思うにはあまりにも確信がなさすぎて、急に離れていった体温のせいにしようとシリウスは思った。


つーか、ショーンって誰。



シリウスがだんだん壊れて行きます

 

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