marigold | ナノ



ジントニックのグラスにライムをねじこんでグルグルやりながら、シリウスは壁によりかかってぼうっと前方を眺めている。いい気分だ。高揚した空気の中、おつむの足りない会話を、ばかみたいに笑いながら、酒を片手に。音楽も悪くない。
それなのに、その姿を見つけた瞬間に安心したような、泣きたいような気持ちになってしまった。今朝早くに家を出て仕事場からここへ来たので、思えば一度も顔を見ていなかった。

あーあ、なんだろな。こういうのって。

「いいねえ。子供を見てると幸せだねえ」

ボウイ姿のパーティクレイジーは、ケーキにのった苺だけをもぐもぐと食べていた。奇行の末に嫁に殴られたため、メガネがおかしな方向に変形している。テーブルに並べられていた可愛らしいケーキには不格好な穴があき、撤去後の地雷原のようだった。パーティ会場は時に戦場である。

「ほらあそこ、ハリーかわいいなあ!さすが僕の遺伝子を忠実に受けついだ子!あんまり可愛くって息子から片時も目が離せません、どうしよう!」
「知りませんよ」
「……うわああんお婿に行っちゃやだァァア!!」
「うるせーよ」

そういう食い方やめろよな、と上からチョップを叩き込むと、ジェームズはそのままずるずる座り込んで、シリウスのスーツの裾を引っぱり始め、しまいに絨毯の毛をむしりだした。おまえは、いよいよ殺されるよ。嫁に亡き者にされるよ。
今夜の彼は相当に酔っているらしい。酒に強いジェームズにしては珍しいことだとシリウスは思った。

「なんだよう。きみだって、マリゴールドがいちばん可愛いと思ってるくせに」

目線の先には、ジニーと一緒に踊っているマリゴールドがいた。大きなふわふわした黒い帽子をかぶって楽しそうに飛び跳ねている。オレンジ色のワンピースの裾がくるくる広がって、まるで育ちすぎた花のようだ。

「……おい。人聞きの悪いことを云うな」
「別に悪いとは云っちゃいないよ。ただ最近まともに女の子と付き合おうとしないから、てっきりそういう趣味に走ったのかとね」
「あのな。云っとくけど、俺はムチムチナイスバディが好きですよ」
「あっそう。まあ、それならマリゴールドはちょっと……」

数秒の沈黙ののち、ふたりは吹き出した。近くにいたアフロヘアーの女性が「これだから酔っ払いはイヤよねえ」という顔をして離れていったが、構わずに肩をばしばし叩き合い、ゲラゲラと大声で笑った。
今度は何ごと?という顔をしたリリーが、遠くからこちらを見ている。

「……まあ、否定はしないけど、さ」
「なにが?」
「誰だってうちの子がいちばん可愛い」

それを聞いたジェームズはほんの少し意外そうな顔をして、それからまた締まりのない笑顔に戻った。

「シリウス・ブラック君!」
「……なんだよこっち見んな」
「険しい道だろうけど、たとえそうなっても、僕は応援するからな!」
「うるせえよデイヴィッドのくせに!おい、あそこのバグパイプやめさせろ!」

 

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