marigold | ナノ



新聞を回収していた手を止め、ふと外に目をやる。やる気のない色をした空は今にも雨を降らせそうだ。ああ良かった、昨日の夜にゴミ出しておいて。
ずいぶん所帯の匂いが染みついたもんだと視線を室内に戻せば、妙ににやにやしているリーマスと目が合った。

「……何ですか。見ないで下さい、お金取りますよ」

べつに?とわざとらしく肩をすくめられる(こいつ最近ジェームズに似てきたな)。鳶色の頭の中に浮かんだ言葉の類は何となく想像がついたが、どちらもトボケてうまく流してしまった。そう、大人はずるいものなのだ。
一方、正面に座る子供は、手鏡を取ったりテーブルに置いたりを繰り返していた。

「マリゴールド、やっぱ美容院行くか?」
「あ、違うの。そうじゃなくて」
「何だよ」
「……うん。あなたって、器用だなーと思って」

本当に何気ないふうに、ぽつん、と。

「そうだよね、何か知らないけどシリウスって昔からわりと何でもできるよね。嫌味?」
ぶんなぐるぞ
「わたし別に器用じゃないし、家事もそんなにうまくないし、特技とか何にもないし」

結婚とかできるのかな。
サラリと漏らされたその発言に、二人はちょっと固まった。色々な衝動をおさえ、かろうじて「へえ」だとか「ああ」だとか、気の抜けた音だけ出すことができたのは数秒後だった。
最近の彼女の言動は、どうも心臓に悪い。

「……なあ、おまえさ……」
「あれ!ねえ何か鳴ってる、電話じゃないの」

わたし出るよ、とマリゴールドは席を立ってしまった。絶妙なタイミングで食らった肩すかしに、所在のなくなった視線を仕方なく自分のマグへ落とす。
そこへ見計らったように紅茶が注ぎ足され、湯気で目の前が一瞬白く曇った。

「……。リーマス、熱いんだけど」
「うん、大丈夫だよ。気が早いと思う君の脳は正常です」
「正常っつーか、溢れてるんだけど思いっきり」
「女の子はどうしても実年齢より精神年齢が高いから、先のことを考えちゃうものなのさ」
「いや、まずは人の手に紅茶をぶっかけたことを謝ろうぜ?」

ぼたぼたと淵から溢れ出て、テーブルの上にはちょっとした水たまりができている。

「まあ、ボーイフレンドくらいいたっておかしくないんだよね」

リーマスは乾いた笑みを浮かべた。
たしかに、早ければ数年後にそういったことが起こりうる可能性は十分だ。想像したくないと思う自分は、いささか過保護すぎるのかもしれない。同じ気持ちではあるのだろうが、自分にはリーマスほど冷静に受け止められる自信がない。聞く勇気も、ない。
子供の成長は早いものだと某眼鏡が寂し気に云っていたが、何となくその寂寞感が理解できる気がする今日この頃である。

シリウス・ブラック、花の独身。恋愛経験多いにあり。結婚経験、なし。

 

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