marigold | ナノ



「ハーイ!アッテンボローです!」

五分と待たずして、救世主は現れた。
右腕にオレンジ色のもじゃもじゃと、左腕にドーナツの箱を抱え、微妙にわかりにくいギャグと共に。

「あら、ハリーのパパ……クルックシャンクス!」
「わーいクルックシャンクスー!ドーナツー!」
「ドーナツドーナツ!!」
「(猫はいいのか猫は)」

わらわらと群がってくるキッズを笑顔で迎えながら、ジェームズは上着についた猫の毛を払った。猫もドーナツもすでに彼の手中にはない。手元にあったのはコンマ0.02秒ほどだった。
不細工なオレンジ色をいじくりまわしながら「一体どこで見つけたの?」とマリゴールドが問うと、彼は眼鏡の奥の目をきょとんとさせて「あれ、聞いてない?」と云った。

「さっきドーナツ買いに行ったらさ、見たことある猫が僕についてきたんだよ。首輪がないから家に連れて帰ったら、偶然にハリーから息子シグナルが入ったのだ」

僕ってクラーク・ケントみたいじゃない? という部分は全員にスルーされた。

「見つかってよかったわ。でも突っ立てると補導されそうだから、うちでお茶にしない?」
「ハーミー、ドーナツ浸すコーヒーをお忘れなく」
「あと紅茶もお願いします」
「僕アールグレイがいいな」

さすがに子供は切り替えが早い。ダイヤルをティータイムに回すと、さっさと通りを歩いて行く。八本の足に踏まれないように、オレンジ色のクルックシャンクスがちょろちょろと後へ続いた。
ちょっとこちらを振り返って嘲笑ったような表情を見せた気がしたが、たぶん気のせいだとシリウスは思った。

「ねえ、せっかく先に知らせに行かせたのに何やってたのさ?」
「……。べつに」

軽犯罪を犯そうとしていたとは云えない。
その標的にされそうだった青年は、変なおっさんがもう一人増えたことに辟易してさっさと姿を消していた。以前に酔っぱらったジェームズが「シリウス!マリゴールドがボーイフレンド連れてきたらボコボコにしような!」と宣言していたことを彼は知らないだろうが、どちらにせよ賢明な判断だったと云える。
落胆とも安堵ともとれるため息を吐いて、シリウスは上着のポケットに手を突っ込んだ。違和感を感じてつまみ上げると、いつの間にあったのか、ずいぶんと古めかしいーーー

「わお、意外だな。君ってそういう骨董趣味だっけ?」
「アホ云うな。つーかコレ、さっき……」

首を傾げると、グレンジャー家の戸口で子供たちがぴょこぴょこと飛び跳ねているのが見えた。そしてその向こうの歩道には、停められたバイクに違反切符を切る警官がひとり。
時計の針は午後三時。

妙なおっさん二人による指輪を葬る旅が、今始まろうとしている。



※始まりません
車掌のスタンだったイングルビー君は、リアルで素敵なバンドマン!

 

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