marigold | ナノ



「せっかく見つけたんだから、もっと嬉しそうにしたらどう」
「……ワオ、ファンタスティック」
「君も大概やる気のないドクターだね」
「(意外とテレビに詳しいな)」

顔に似合わなすぎる、と心中でツッコミつつも家の近所の界隈に出たことと、開いている店を発見したことでマリゴールドは急激に安堵した。
しかし、あれほど迷っていたのに自分がどうやってここまでたどり着いたのかが謎だ。行きは地下鉄に乗って、何駅も越えたのだ。そんなに長く歩いただろうか、と疑問を投げかけてみるものの、彼は意味深に笑うだけで何も云わない。

「マリゴールドの家ってあのフラットかい? 三階の、黄色いカーテンのある部屋?」
「うん。あ、誰か窓辺にいる……」

云いかけてすぐに、視界が暗くなった気がした。
何かと思って顔を上げようとしたが、数秒後には「上げなくて良かった」とマリゴールドは心から思った。柔らかい髪の毛同士がぶつかる感覚がして、それから、生暖かいものが肌に当たる。彼の薄いコートからは、シャツにきいた糊の匂いと、植物の匂いがした。
自分の身体が、ぐらり、と傾くのをマリゴールドは感じた。

「……。いまの、なに」
「何って、キスしただけだよ。しかもおでこ」

だってここでお別れだもの。悪びれもせずにトムが云うので、マリゴールドも何となく「ああそうか」と納得した。しかし、どこか虚ろな目で笑ったあと、とゆるく手を振って去るその背中に違和感を覚える。
何かがヘンだ。何かがおかしい。

「トムは、どこへ帰るの」
「帰るんじゃなくて行くんだよ」

またね、と云われたような、それともあれはお別れのキスなのだからもう会うことはないと告げられたような、どちらにせよ心の中が一瞬灰色になったような。

「マリゴールド!」

名前を呼ばれて振り返ると、ジェームズがこちらへ小走りで近付いてきていた。少し遅れて、リリーの姿も見える。二人へ挨拶をするのも忘れ、マリゴールドは見えなくなった青年の姿を捜した。どういうイリュージョンを使ったのかは知らないが、トムは忽然と消えたのだ。
一体、どこへ?

「今の誰? 友達なの?」
「……ううん」

まだ彼が額に当たった感触が残っている。妙な余韻にあてられて、マリゴールドはしばらく呆然と彼の消えた方向を眺めた。
どこへ出かけていたのか散々問いつめられ、窓から現場を目撃していたらしい保護者二人に質問攻めにされるのは、もう少しあとの話。
今は、顔中にクエスチョンマークをつけた夫婦と、道のまん中に立ち尽くす少女とを、大きなメガネをかけた中年がケーキ屋のカウンター越しに訝し気に見つめているだけだ。
彼は明日も変わらずに、ここでケーキを焼く。

それから原因不明の熱が出て、マリゴールドは数日寝込んだ。



トムの年齢とか色々無視ですがパラレルだけん許してごしなはい
闇の帝王がメディア好きだったらギャップがかわいいなと思う

 

4/4



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