「トムートムトムトムー」
「なんだい」
「適当に歩いても体力消耗するだけだよ。レスキュー隊とか呼ぼうよー」
「やだよ、大事になるから」
状況が状況なので、会話をしてくれるのは嬉しい。嬉しいのだが。
「……あなた、やる気ないよね」
ニヒリズムだか何だか、ただ静かに笑うその様は妙にエネルギーがなくて不気味だ。しかし、よく見ればきれいな顔をしているな、とマリゴールドはトムの顔をじっと見つめた。
「まあね。僕には執着するものもなければ、その必要もないし」
「うわあ、厭世主義だ……卑屈はだめよ」
「世の中はでたらめを云う人間ばっかりさ。気が狂いそうだよ」
「(おまえも含めてな)」
マリゴールドは本日の外出を後悔していた。
そもそもの目的は知り合いを訪ねるためだったのだが、うろ覚えの住所と曖昧な記憶のみという装備ではあまりにも頼りなさすぎた。やはり誰か大人に理由を話して、ついてきてもらうべきだったのだ。
日の高い時間から(それもシラフで)『とある種族を根絶やしにするには』というような議題を持ちかけてくる青年とではなくて。
「あなたそれはちょっと病んでるよ重症よ……。ダークサイドにおちるタイプだわ」
「僕の名字はスカイウォーカーじゃないけどね」
「(元ネタは知ってるんだ)」
ふう、と息を吐いて辺りを見回す。見事に店は閉まっており、人ひとり歩いていない界隈。ときおり吹く風が、歩き疲れた身体を揺らす。少々頭のおかしな青年とふたりきり。夕暮れの迫る昼下がり。
何だかマイナスな思考が頭をもたげてくるというものだ。
「……ねえ、もしもだけど、このままずっと帰れなくなったらどうする?」
「ひとりで生きるしかないよね。でなきゃ路上で野たれ死ぬかだね」
「アッハッハ。ぜんぜん笑えない」
ふいに強い風が吹いてきて、マリゴールドは髪の毛をおさえた。二人は足を止め、トムは地面に落ちていた枯れ葉をゆっくりと踏む。みしり。
「ばかだな、そんなことないさ。君には帰る場所があるんだし、バンクホリデーは永遠じゃない」
「ほんとにそう思ってる?」
トムはフフン、と鼻で笑った。
「それに、開いている店がないわけじゃないみたいだよ。あそこのケーキ屋とか」