marigold | ナノ



「うちのかわいいふわふわちゃん!一体どこへ行ったんだい僕を置き去りにして!」

おいおい泣きだした眼鏡の中年を、ひとりは丸々無視し、もうひとりは丸めた紙くずを投げて迎えた。続いて入ってきたリリーの姿を認めて初めて、リーマスは立ち上がって軽くハグを交わした。

「久しぶり」
「ほんとよ、ちっとも顔見せないんだから。ヴィクトリア・スポンジを持ってきたわ」
「すごいね。作ったの?」
「こーんな眼鏡をかけたおじさんがね。すぐそばの、地下鉄出たところのお店が開いてたのよ。知ってる?」

てきぱきと包みを解きながらリリーが答えると、反射的にお茶の準備にかかろうとしたリーマスが手を止め、シリウスは流し読んでいた雑誌を潰しかけた(ジェームズはまだ顔を掌で覆って泣き声をあげている)。
リーマスは何とも曖昧な笑みをリリーに向けてから、人数分のカップをテーブルに並べた。シリウスも、潰してしまったページを掌でそっと伸ばす。

「……で、ほんとにどこ行ったのさ。あの子」

放置されっぱなしの一人芝居にそろそろ耐えきれなくなったジェームズが口を開くと、ようやく彼らはそちらへ目をやった。上から手で顔を覆っていたので、メガネが大きくずれていた。

「昼すぎに出かけたよ。ハーマイオニーの家じゃない?」
「待ちたまえ。ジェームズリサーチによるところ、ハーミーはフランス語講座、うちのハリーとロンは隣町のクラブの子と遊んでるし、ジニーはモリーとショッピングでいないはずだ」
「……おまえそれは、紙一重だよ……」

投げられた生温い視線をティー・ソーサーで巧みに遮断し、挙げ句「マリゴールドがいないとつまんない!」と叫びながらジェームズはソファの上にぱったりと倒れた。
シリウスは、このエキセントリックな友人を結構本気で心配している。若いころからアレな傾向は十分にあったが、いい歳したオッサンになってから更に悪化した気がするのだ。そのうち全裸でBBCなんかを襲撃して逮捕されるかもしれない。身元引き受け人にはなりたくない。

「まあ、そりゃ、あの子にはあの子の付き合いがあるわよ」

リリーは運んできたケーキを膝に乗せている。時は既に遅し。ケーキを口に含んだ瞬間に彼女の顔はみるみる硬直した。「そういうこと云うなよ泣いちゃうだろー!」と騒いでいたジェームズもまた、美しい妻の表情に驚いて硬直。
真実を知る者曰く、あの店のケーキというのは。

「ここいらじゃ有名なんだ。殺人的にクソまずくて……」
「ケーキに対する冒涜を通り越して、もう、ある種の奇跡だよね」


俺はテロかと思ったぜ、と漏らしたシリウスを押しのけ、リリーはバスルームに駆けた。

 

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