marigold | ナノ



Phew,
曲がれども曲がれども見知った風景など見えてきやしない。善良そうな人間どころか、チンピラもどきのお巡りさんすら見当たらない。彼女自身は気づいていないが、茂った並木と連なる黒い柵は、子供の不安感をあおるには十分だった。
胸の中がざわざわする。

「ちょっとお兄さんやい、ほんとにこの道で合ってるの?」
「だからさ、どうして僕にそれを聞くの? 道を知ってるなんて一言も云ってないよ」

青年は薄い冊子に目を落としたまま、ゆっくりゆっくり歩いている。ほとんど前など見ていやしない。まともそうな人間だと思ったのだが、一緒に道を探してくれる気はないらしい。
ちょっとそのへんの石とかにつまづいてすっ転べばいいのに、とマリゴールドは思った。

彼の名前はトムという。


6.ここよりどこかで


「ねえ、じゃあどっちに行ったらいいのかな!」
「君はどっちに行きたいの」
「それがわかんないのよ。だって住所も方角も知らないし……」
「じゃあ、どっちに行ってもいいんじゃない」

ようやく本を読み終えたらしい青年はそれをポケットにしまいはしたものの、変わらぬ調子でのらりくらりとマリゴールドをあしらっていた。
ひとりきりでこの路地をうろつくのは心細く、人通りのある道に出る間だけでも、せめて誰かと一緒にいたかった。この際、あれほどうるさく云われていた『知らない人についていくな』という教えは無視である。

「じゃあ、とりあえずお店がある通りに行きたい。そこで、人に聞くから」
「今日はバンクホリデーだから、あっても多分閉まってるよ。実際閉まってたよ」
「ふーん……(殴りたい)」

しかし、この斜に構えた感じが非常にイラッとくるのだ。

「だけど、ねえ。道を知らないなら、あなたも家に帰れないじゃない」

するとトムは、それはちがうな、と否定した。
帰るべき場所あるいは帰りたいと思う場所が存在してはじめて迷子という定義ができる。自分には具体的な目的地はないし、あったとして到達しなくてもかまわない程度のものだ。だから、何も困ることはない。事実、困っているわけではないのだ、と。
けろりとした顔でそう云ってのけた青年を見上げて、マリゴールドはちょっと泣きたくなった。

オーケイ、つまりあなたも迷子なんだな。

 

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