「もう今更なんだよ、遠慮するのやめようよ」
帰ってくるなりうつむいたまま口を開かないマリゴールド。同じく隣でだんまりしているシリウス。
普段穏やかなリーマスだけが、今日は不機嫌そうにそのソファを見下ろしていた。
「僕はね、シリウスはもっと保護者面していいし、マリゴールドはもっと子供らしくしていいと思う。そういう役割になるには十分なくらい、お互いのこと考えて暮らしてるんだ。単純にシリウスは年寄りでマリゴールドはこの家じゃ一番子供なんだから、この環境においては自然な社会的意識なんだよ、非常にシンプルなことなの。云ってることわかる? わかったら僕はキッチンで夕食の準備してくるから邪魔しないで。以上」
ちなみに今夜はトマトのキッシュだからね、と云い残してリーマスはぺたぺたとキッチンへ消えてしまった。
沈黙。
雨がさらさらと屋根に当たる音がしていた。
「その……昨日のことは、悪かったよ。おまえもだけど」
「うん」
離れていた間にはあれほど後悔していたのに、いざ顔をつきあわせると言葉が出ない。
「けど、俺がお前をどう思ってるかぐらいわかるだろ」
「……少なくとも、嫌ってないのは知ってるわ」
「だから、好きだって云ってるでしょうが!好きでもない人間と暮らしたりメシ食ったり散歩したりできるほど器用じゃねえの!俺は!」
「だって、だったら、知らなかったなら云わせてもらうけど、わたしはバカなの!」
「バ……」
マリゴールドは泣いた。わんわん泣いた。急に堰を切ったように泣きながら「自分はバカでアホでどうしようもない」みたいなことをぐしゃぐしゃと喚いているが、ほとんど言葉になっていない。
突然のことにシリウスは驚いたが、とりあえず宙をさまよう手を彼女の肩に乗せることにした。そっと。
「……バカなわけあるか。この家でバカなのはリーマスだけだ」
先程から彼がいるはずのキッチンは、えらく静かだから。
「だから、きのうの、」
「もういい」
うん、だとか、ごめんなさい、だとか。そう云っているつもりなのだろうが、やっぱりうまく言葉にならずに、それらは嗚咽に混じって流れ落ちてゆく。
頭が痛いのは二日酔いのせいだけではない。
ほとんど自分の腕の中で小さくなっているマリゴールドを前にして、シリウスはどうも自分は平常を保てていないことに気づいてしまった。自分は実際はこの程度の男なのだ。俺も泣きたい。
「大体な、自分で後ろめたくなることは云うな。気とか使わなくていいから」
マリゴールドは聞いているんだかいないんだか、ふにゃふにゃと泣きながら唸った。
「それから、朝とはいえ人通りの少ない時間に家を出るな。隣のバカを筆頭に変なやつがわりとウヨウヨいるんだぞこの界隈は……。あと、ほいほい知らないやつと話すな。薄着で出歩くのも禁止だ。汚い言葉もダメ。それから」
気の利いた言葉のひとつもでない。滑りでるのは遠回りの小言だけ。
「やたらとリーマスの拾ったものを飼いたがるな。あと、それから」
それから、
「迷惑だからとか出て行こうとか、そんなん絶対考えるなよ」
彼はそのままマリゴールドの背中を撫で、頬に唇を寄せた。
本当に、ひどい頭痛だ。もうどうしようもない。
シリウスはお坊ちゃんなので「女の子とはこうあるべきだ」みたいな理想に割とこだわるという、妄想でした