marigold | ナノ



イエスかノーかと問われれば、イエスだ。
後悔はしているのだ。たっぷりと。

まずい、と思ったのはテーブルに乗っていたグラスが転がった瞬間だった。マリゴールドは自らの掌でぱちん、と口元に蓋をした。シリウスは瞬きもできなかった。
「親でもないくせに」と、たとえ心の中で何べん怒鳴ったとしても、マリゴールドは今までそれを口に出すことは絶対にしなかった。それは自分の中で硬く守ってきた掟だ。シリウスもまた、自分のように未熟な人間が彼女に対する「そういった役割」に当てはまるとは思っていなかった。見守る役目ではあったとしても、育てる役目ではない、自分にそんな資格はないのだと自制していた。
それでも屋根の下を同じくしていれば、十分起こりうることだ。
予想されていた禁忌は、随分とたやすく崩れてしまう。

「そんなに落ちこまないで、元気を出して。女の子は強くならなくちゃ」
「リルもこういう喧嘩したことある?」
「そうね、ペチュニアとはよくやったけど……でも、だからって嫌いになったりしないわ。二人きりの姉妹ですもの」

赤毛をくるくると束ねたリリーは、ハリーのシャツにアイロンをかけながらマリゴールドに向かって微笑んだ。何となく云わんとしていることはわかる気がして、ため息が出る。気づけば手元のチョコレートケーキは細切れになっていた。

「あら。雨が降ってきたみたい」
「ええっ、芝生に水まくんじゃなかった!おまけに車のパーツも出しっ放しだ、どうしようマリゴールド!」
「……車、どうしたの?」
「この前ゴチーンとやっちゃってね」

ついウッカリね!と彼が笑うと、リリーの背後に一瞬黒いものが見えた気がした。

「ああそういえばマリゴールド。実は、うちには傘ってものがなくてだね……」

今のは見なかったことにしよう、とお皿のケーキに誓っていると、ジェームズが徐に口を開いた。


・ ・ ・ ・


『それで、その……』
「Eh?」
『む、むかえにきて』
「……何だって?」

『一人じゃ帰れない。迎えにきて、ください』

おずおずと紡ぎだされた台詞を耳におさめるや否や、リーマスは小さくガッツポーズをとった。
ジェームズの車両事故にも、久々の大雨にも、地下鉄代を持たずに出ていったまぬけなあの子にも万歳。

「ねえちょっとー聞こえたー? マリゴールドが、迎えにきてほしいんだってさー」

ふてくされていたシリウスが起き上がる。さっきまで二日酔いも忘れて電話の前であわてふためいていたくせ、いざかかってきたら怖じ気づく始末。正直まきこまれる方の身にもなってほしい。
リーマスは実に不快そうに、落ちていたクッションをソファへ放った。

「ほらシリウス、アホ面でぼさっとしてないで車出して。マリゴールドが誘拐されてもいいの? こののろま!」
「……おまえって何気に酷いよな……。ていうかさ」
「なに。また免停?」
「いや免許証」
「なくした?」
「いや、あの、写真が……犯罪者みてえなの。あんまりだぜ。見るたびヘコむから……」

持ち歩くのイヤでさ、と云った彼の横っ面に向かって、電話の子機を全力で投げつけた。

 

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