marigold | ナノ



「それで飛びだしてきたの、こんなに朝早く? うちの芝生に?」

なかば呆れたような、喜んでいるような、情けない笑みをジェームズは作った。片手には緑色のビニールホース。彼は早朝から嫁に命じられて庭木に水を与えていたのだ。

「そりゃポッター家はいつだってきみを歓迎するけどね。まず、そんなに深刻な喧嘩をした理由を知りたいもんだ」
「意見の相違、見解の……」
「不一致?」
「そんなとこ」

年頃の女の子ではあるが、彼女もやはり子供なのだ。機嫌を損ねているマリゴールドには悪いが、ジェームズの胸の内には『親心』というものがふつふつと沸き上がり、思わず頬が緩む。
息子もいいけど、やっぱり娘もほしいなあ。
寝癖もそのままなマリゴールドは、ぺたりと芝生に座り込んでむくれていた。泣きそうな背中だ。

「よし、ウサを晴らすいい方法があるよ」
「なあに」
「あそこのアルファロメオを盗み、二人でクリケットバットをふりまわして、街を破壊する」
「……えーと。やめて

わりと必死な目で止められた(軽いジョークだったのに)。

「あのさ。思うに、君も彼も形式にこだわりすぎてるんじゃない? シリウスなんて自分の家系をブロッコリーよりも憎んでるけど、ほんとのところ一番気にしてるのは彼自身だし」

血は断ち切ることのできない強力な楔だ。もちろん血縁は家族だと定義できるもののひとつではある。しかし『繋がり』とは要は個々の意識の問題だ。互いを意識し合い、感情を分かち合える集合体である条件に必ずしも血縁が必要であるとは限らない。
現に、結婚とは他人同士が『家族』を作る行為をさすのだから。

「ジェームズの話は、むずかしいわ……」
「そうかい?」

ビニールホースをぐるぐると巻きながら、家の方におもむろに目をやる。困った笑みでこちらを眺めていたリリーと、窓ごしに目が合った。
さすがは生涯の伴侶である。心中察してくれているらしい。

「まあ、中でチョコケーキでも食べてけば。電話するのは、その後でも遅くないでしょ」
「電話するつもりなんてありません」

はいはいお嬢様お家に入りますよ、とジェームズは彼女に手を差しのべた。

 

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