「アッそうだ、ぼくマリゴールドに用事があるんだったー」
恐ろしいほどの棒読みで発せられたその発言に、空気が一瞬、凍りついた。
「用事なんてあったっけ?」と答えようとするマリゴールドを、緑色の必死な目が制している。小刻みに頷く頭を見て、彼女はようやく呑み込んだ。あ、これはサインだわ、と。
「あー……そう!そうなの、わたしハリーに本を貸してて、ほら」
「ウン、あの、録音のノウハウとか」
「靴で人を殴る女の子とか、出てくるやつね!」
ものすごく噛み合わない会話を不自然な笑顔で押し流し、ハリーはそそくさと自転車を立てた。
「だからロンは、ハーマイオニーを送ってけよ。僕はうちに寄ったあとマリゴールドを送るから」
「えっ何云ってんのコイツ」という顔でロンはまずハリーを見、それからマリゴールドを見、最後に同じく「何云ってんのコイツ」という顔をしていたハーマイオニーを見た。
怒りのせいと、また別の理由とで、ロンは髪の毛と同じくらいに耳まで真っ赤だ。
「それとも、女の子を一人で帰らせる気なの?」
ハリーがとどめを刺すと、かなり躊躇しつつもゆっくり首を縦に降った。さも不服そうにごにょごにょ呟いていはるが、まんざらでもなさそうだ。わかりやすすぎる。
去り際にハーマイオニーが「裏切り者!」と口をパクパク動かしてこちらを睨んだが、マリゴールドはもちろん見えないふりをした。チュロスの恨みは忘れない。
「きみはなかなか、大人ですねえ」
ぎこちない距離を保って遠ざかる二人を見送りながら、マリゴールドはハリーににっこりと笑いかけた。ショルダーバッグを前方に回して、きょとん、とした顔をしている。
ライバルが現れたり、皮肉を吐いたり、友人の世話を焼いたり、彼も色々忙しい。皮肉は処世術として身につけたのかもしれないが、さすが、あの父にしてこの子ありといったところか。
「でももうちょっと演技は勉強した方がいいかもね、ハリー」
「……お互いにね!」
ふふふ、と笑ってから自転車にまたがって頭を撫でる。ただでさえくしゃくしゃの黒髪は、四方八方にくるくると飛び跳ねた。これも父親譲り。
「ほら、はやく掴まってよ、お腹すいてるんでしょ!帰るよ!」
叫ぶようにそう告げると、彼は思いきり自転車をこぎだした。どうやら照れているらしい。にやにやしていたマリゴールドは慌ててその肩に掴まり、ペグに足を乗せた。
とたんに、周りの景色が一気に溶け出した。