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Everlong

 きみたち少年の情操面が心配でならない。
 しばしの不在予定を告げるなり、遠い目でネガティブモードに入ってしまったなまえを見て、正直、面倒くさいなと俺は思った。長期の遠出だとか、明らかにやばそうな仕事に赴くことを伝えると、だいたいこういう状況になるのは目に見えていた。ドライになるな、青春せよ。お子様らしく野山で遊んでりゃいいものを、年齢的に経験しなくてもいいことばっかり経験して、変な部分だけ育ってしまって(とはいえ、何歳になればよいというものでもないと思うが、そのへんの基準は俺にもゴンにも分かりかねる)。彼女の云わんとしていることが、理解できないわけじゃない。ただ、だったら自分はどうなのか、と返してやりたくなるのを飲み込む俺は、よほど大人だと思う。これはハンター試験で初めて会ったときから、なまえと俺の間で幾度も繰り返されてきたやりとりで、周りも俺たち自身も飽き飽きしている議題なのだった。

「あのなあ……だから、そんなん今更だっつーの。第一なまえだって子供じゃんか」
「少なくともキルアくんよりは長く生きてますよ」
「や、そんな変わんねえし」
「ふん。甘いなあ」

そうして、『子供にとっての数年がどれだけ大きいものか』という章に突入するのも、常套のパターン。自分だって、多くはないがそれなりに死線を潜る仕事をしているくせ、それを棚に上げて説教垂れてくるこの枯れ具合。たかだか何年か前に生まれたというだけで、こうも上からものを云われては堪らない。

「なんなの、おまえもビスケみたいなケースか? だったらスゲー詐欺だぞ。訴えるかんな」
「え、あの子こそ同い歳くらいじゃないの」

本心から問う、その偽りない表情を見て思いだした。そうか、そういえばまだなまえは知らないのだ。恐らくビスケが面白がって黙っているのだろう。いい機会だ、どうせそのうちにバレる。

「知らないってなに、どういうこと?」
「ビスケな。あいつあんな姿してっけど、中身は還暦間近のババーなんだぜ」
「…………マジで?」
「マジで」
「しかし50代をババアと呼んでもよろしいのかどうか……」
「そこかよ!」

豪快につっこんだところで、なまえのネガティブモードに終わりは見えない。こんなときに限ってゴンはいない、かと云ってここで帰るのも癪だ。一応は、出立の日にちを告げに来たという正当な理由があるのだし、何よりこのまま仕事に向かえば(起こって欲しくはないが)最中にもしも何かが起きた場合、最後に交わしたのがビスケの年齢についての話になる。それは困るし、嫌すぎる。せっかく余裕をもって訪れた意味もパーだ。考えあぐねて口をつぐんだ俺をなまえは見ようともせず、深いため息を吐きだした。

「きみが強いのは知ってるし、だから私、行動を咎めようってんじゃないんですけどね」

怒ってるわけじゃない、なまえが何を云ったところで予定は変わらないし、仕事と自分のどちらが大事なのとか何とか、メロドラマじみた寒い台詞を吐くような女ではない。もたれたソファの上で俯せになったまま、なまえはぐすりと鼻を啜った。

「でもなんかちょっと泣けるわ」
「……なんで泣く?」
「歳をとると涙もろくなるから」
「あっそ」

もはや云い返す気も起こらない。寂しいから行くな、だとか嘘でもいいから少しくらい可愛いことを云えないのだろうか。互いの顔が見えないのをいいことに、その髪へ触れようと手を伸ばしかけて、やめた。おもむろに、なまえがごろりと仰向けになって俺を見たからだ。危なかった、至近距離で目と目がかち合う。もう潤んじゃいないが鼻先がほんのり赤く、普段より子供っぽく見える。柔らかそうな唇へ、自然と視線が落ちる。いくら枯れきった台詞を吐いたって、こんな年寄りがいるもんかよ。

「キルアくん、海行こうか」

前言撤回だ。ボケたかこいつ。

「ーーーは? 海?」
「うんうん、それがいい。ほら準備しよ、ゴンくんも誘ってさ。クソガキらしく遊びましょう」
「え。なに、今から?」
「だって日の高いうちに行かないと、遠いもの。時間あるんでしょ?」

あるにはある。が、あまりの突拍子のなさに混乱する俺を、すでに立ち上がったなまえが勝手に引き上げる。されるがままだ。こうなっちゃもう、成り行きに身を任せざるを得ない。こういうところはゴンに非常によく似ていて(こいつも強化系だからな)、悔しいかな俺は頑固な人種に振り回される運命にあるらしい。どいつもこいつも世話の焼ける、やっぱ俺が一番大人じゃねーか。

「なまえって、海嫌いじゃなかったっけ……」
「嫌いとまでは云ってない。好きじゃないけどね」
「何だよそれ。好きなとこ行ったほうがいいんじゃねえのかよ、どーせなら」

俺を引っ張ったまま玄関へ向かうなまえが(つーか準備も何もそのまま行く気か)、「それはいつか二人で行こうよ」と何事もない声色で云ってのけたので、格好悪くもずっこけそうになった。こらえてよかった。なまえはまだ手を放してくれない。この状態でゴンに会ったら、あいつのことだから何の他意もなく指摘してくるに違いない。それでも振りほどくことができなくて、何だかもう、どうでもよくなった。どちらのものか分からない熱さの掌を揺らしながら、最大限のさり気なさで問う。

「いつかって、いつ」
「うーん。子供じゃなくなったら?」

果たして、どちらのことなのか。




ハンタ読み返すたびに好きになります、彼は
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