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 親友の結婚式にて、再会したのは2年ぶりくらいだろうと思う。リーマスらしい質素なガーデン・ウェディングだが、同時に従姪による遊び心のある飾りつけがなされていた。レースのリボンの代わりに、キャンディケインをベンチに結びつけたりだとか。ジェームズのママの犬は式の間じゅう、それらを舐め通しだった。犬に甘いものを与えすぎるのは良くないことだ。ポッター家の後席には子供たちが並んでいたが、もはや彼らをそう呼ぶのは失礼にあたるだろう。可愛らしい坊やだったハリーの横顔は父親と瓜二つだし、隣のロンに至っては、一体何があったかと思わせる成長ぶりである。恐らくは兄たちからのお下がりであろうフォーマルスーツの裾から、ベンチの脚と見紛うような骨張ったくるぶしが飛び出している。今や兄弟の立場は逆転しそうなものだ。たった数年。それだけの期間で何が育つ? 答えは目の前に鎮座していた。小さな頭が柔らかい香水の匂いをさせて、こちらを向いた。「ハイ」と挨拶をしたのは、利発そうな表情に憶えのあるハーマイオニーだ。豊かだった栗色の髪をベリーショートにしている。「やあ」と俺は手を挙げた。
「どこの美女かと思えば。口説くところだった」
「相変わらずバカなこと云ってるのね、シリウス!」
大人びた嗜めに、曖昧に笑い返す。シフォンのベールのような艶やかさに圧倒され、そして次に何が自分を待ち受けているかが、はっきりと分かった。女性の成長とは脅威である。甘く考えすぎていたのだ。彼女が飲み物のグラスを手にハーマイオニーの背後から顔を見せたとき、喜びや懐かしさよりも、ある種の恐怖で心は満たされた。俺は相手にそれを悟られないよう、「アルコールじゃないだろな?」と軽口を叩くのが精一杯だった。
 目が合ったなまえは一瞬の間ののち、控えめに微笑んだ。
「ただのジンジャー・エールです、ご心配なく」
彼女の声に変わりはないのに、話し方が記憶の内とはどこか違い、グラスを置く仕草など自分が全く知らないもののような気さえした。シンプルな色のドレスから覗く腕が、どこまでも白く長く、か細く見えた。
「いつ来たの? てっきりシリウスが花婿付添人かと思ってたのに」
「仕事でどうしても遅れるもんだから、ジェームズに投げた。ドーラの介添人もリリーだしな」
「忙しいのね」
「そういう時期なんだよ」
並んで話していると、徐々に感覚が蘇ってくるようだった。あのフラットで一緒に暮らした頃のリズム、温度。もちろん年月がもたらした微妙な変化は、会話の端から、また彼女たちの表情からも読みとれて、それは少しだけ自身を淋しいような、同時に温かい気持ちにもさせた。俺も歳をとったということだろう。しばらく学校や寮のこと、こちらの生活などを語り合っているうちに、最初のぎこちなさは消えていった。あらかた近況を話し終えたあたりで、テント前にいたバンドが演奏の合図を送った。ダンスが始まったのだ。陽気だがスローな曲調に合わせて、皆がフロアをうろつきだす。遠くのテーブルから声がかかり、ハーマイオニーはそちらへ歩いて行ってしまった。その先にいるロンの顔が真っ赤な理由の半分は、モリーに隠れて酒でも飲んだせいだろう。
「おまえは行かなくていいのか?」
ハリーとジニーへ手を振り、彼女は笑って「あなたこそ」と云った。二人とも動く気配はなく、賑やかな会場を前に、そこへ立ったままでいた。不快ではない沈黙の隙間を埋めるように、なまえがグラスに口をつける。風にさらされている髪が邪魔になりそうで、手を伸ばしてよけてやろうかと思った。しかし以前のように気安く触れることをためらった俺の右手は、行き場を失ってポケットへ突っ込まれた。
 「まあ、元気そうで良かったよ」
指先に当たった箱をすくいあげると、なまえが露骨に眉をひそめた。また吸い始めたの、と視線が暗に語っている。
「友達だとか、周りの連中もみんな吸うだろ。あれ、なまえいくつだっけ」
「17歳」
「へえ、大きくなったもんだ」
「小さいわたしの方が好きだった?」
「バカ云うんじゃない」
俺は肩をすくめて降伏し、ポケットに煙草をしまった。こんな軽口にさえ顔が緩む。
「週末はこっちにいるんだろ。いつ戻るんだ」
「日曜のお昼くらい」となまえは答えて、パンプスから引き抜いた足を揺らした。慣れないヒールに疲れたのか、どうにも姿勢が危なっかしく、俺は彼女の方へ体を傾けた。きちんと整列した爪が、白く光っている。
「忙しいのなあ」
「そういう時期ですから」
なまえが頷きながら、そう云った。
「でも、時間ができたら遊びに行きたいな。わたしの部屋、まだ残ってる?」
「残ってるよ、半分くらいは俺の書斎と化してるけど。リーマスの部屋は完全に物置になってる」
「ひどい!」
間近で見上げてきた瞳に、胸が詰まりそうになった。けらけらと声を上げて笑うなまえはどこまでも眩く、俺は彼女から逃げるようにフロアへ首を向けた。日の落ち始める庭で、めいめいがダンスに興じる幸福な場所へ。木にかけられたライトが点々と灯り、そこは小さな光の街のようだった。新郎新婦が酒と人波にもまれながら、体に収まりきらない感情を振りまいている。その光景は苦しくもあり、とても鮮やかだ。今日という一日が終わるのが惜しい。
「あとで踊ってね、シリウス」
「いいけど俺の足を踏むなよ」
何となく差し出した腕に、なまえがそっと触れた。頼りない甘い香りがくすぐったくて、堪えきれずに喉の奥で笑うと、今度は彼女が照れたように下を向いた。橙色の光が、どうしようもなく温かい。髪に鼻を埋めてキスしてやりたかった。
 穏やかな音楽に重なるように、ジェームズのママの犬の鼾が聞こえてくる。犬に甘いものを与えすぎるのは、良くない。


ひかりのまち


移転前のサイトで公開していた、marigoldという現代パロの数年後という設定でした。家族じゃない人たちによるファミリードラマって大好き
11.5.13

 

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